大学において求められる「教育上の合理的配慮等」を検討した「障がいのある学生の修学支援に関する検討会」(文部科学省)

文部科学省が設置した「障がいのある学生の修学支援に関する検討会」では、2012年6月から2012年12月の間に9回にわたり、大学等における教育上の合理的配慮の対象範囲について検討が行われました。

 その検討結果が「報告(第一次まとめ)」としてまとめられ、2012年12月に公開されています。

この検討会の背景と今後の展望?

 この検討会が合理的配慮について議論を重ねていた時期は、以下のとおり、障害者権利条約の批准に向けて日本が法整備を進めている段階で、改正障害者基本法がすでに施行され、障害者差別解消法の成立に向けた検討が行われている時期にあたります。
2006年12月 障害者権利条約が国連総会で採択
2008年5月 障害者権利条約が発効。日本でもその批准のために日本でも法整備を行うことに
2011年8月 改正障害者基本法が公布・施行
2013年6月 障害者差別解消法及び改正障害者雇用促進法が成立
2016年4月 障害者差別解消法及び改正障害者雇用促進法が施行
 2011年8月に施行した改正障害者基本法では、第4条に「合理的配慮」という障害者権利条約にある言葉が盛り込まれました。「障がいのある学生の修学支援に関する検討会」はこれを受けての検討になるようです。

障害者基本法 第四条

何人も、障害者に対して、障害を理由として、差別することその他の権利利益を侵害する行為をしてはならない。
2 社会的障壁の除去は、それを必要としている障害者が現に存し、かつ、その実施に伴う負担が過重でないときは、それを怠ることによつて前項の規定に違反することとならないよう、その実施について必要かつ合理的な配慮がされなければならない。
3 国は、第一項の規定に違反する行為の防止に関する啓発及び知識の普及を図るため、当該行為の防止を図るために必要となる情報の収集、整理及び提供を行うものとする。

 
 2012年12月に検討会の報告として「報告(第一次まとめ)」を上のとおりまとめています。「第一次まとめ」なので、後に続くものがあるはずですが、現時点ではそれに続くものは見つかりません。2013年6月に成立し、2016年4月施行される予定の障害者差別解消法(上の障害者基本法第4条を具体化することを目的としたもの)では、各省庁は所管する事業者向けの必要なガイドライン(「対応指針」)を作成し、公表することになっていますので、文部科学省もこの議論の成果をうけて大学向けのガイドラインを公開するかもしれません。

 合理的配慮の提供を国公立大学に義務化、私立大学には努力義務化(しかし、文部科学省による行政指導でよって一定程度の実効性が担保されることになっている)した障害者差別解消法の施行が2016年4月に迫っていますので、合理的配慮の提供の検討を各大学でも進めていかなければならない時期にすでになっています。

 いずれにしても、文部科学省において関係者があつまって、障害学生に提供すべき「教育上の合理的配慮等」とは何かということが検討された、このことはもっと知られてもよいのではないかと思います。

大学等における「教育上の合理的配慮等」の対象

 この検討会で「教育上の合理的配慮等」を検討する上で対象とする学生の活動の範囲は、「授業、課外授業、学校行事への参加等、教育に関する全ての事項」を対象としています。つまり、講義だけではなく、サークル活動や学園祭等のイベントの参加も含まれることになっています。
 一方で、教育とは直接に関与しない学生の活動や生活面への配慮については、この検討会における検討の対象から外れています。これは「教育上の合理的配慮等」ではないということであって、この方面に対して大学が配慮しなくてもよいということではありません。一般的な合理的配慮に含まれるので、「教育上の合理的配慮等」とは何かを検討するこの検討会では検討の対象から外したということになります。

大学等における「教育上の合理的配慮等」

 詳しくは報告署をご覧いただきたいのですが、「教育上の合理的配慮等」として以下が挙げられています。

  1. 学生が得られる機会への平等な参加を保障する配慮の提供
  2. 大学等全体としての受入れ姿勢・方針の公開
    (試における障害のある入学者への配慮の内容、大学構内のバリアフリーの状況、入学後の支援内容・支援体制(支援に関する窓口の設置状況、授業等における支援体制、教材の保障等)、受入れ実績(入学者数、在学者数、卒業・修了者数、就職者数等)等)
  3. 合理的配慮の決定過程における学生本人の教育的ニーズと意思の尊重と、配慮の提供
  4. 教育方法等への配慮の提供(情報提供、教材、公平な試験、学外における実習やインターンシップ等における配慮)
  5. 支援体制の整備
  6. 施設・設備のバリアフリー化

 なお、上の「合理的配慮」には、その後成立した障害者差別解消法では、努力義務の「環境整備(事前改善措置)」に該当するものまでが含まれています。もし文部科学省が大学向けにガイドラインを公開するのであれば、その後の障害者差別解消法に係る検討の成果を反映させる形で変更されるかもしれません。

アクセシブルな教材の提供について

この検討会では、上にように幅広い事項が議論されています。その全てをとても紹介しきれませんが、最後にこのブログでもたまに取り上げているアクセシブルな教材の提供について、少し詳しく紹介します。
アクセシブルな教材の提供や授業における情報保障は、重要な課題であるため、議事録を読むとこの検討会でもその議論にかなり時間が割かれています。
 
 図書館に関係してくるところで、アクセシブルな教材の提供については、あくまで一例ですが、静岡大学の石川准先生が第3回の検討会において以下のように発言されたり、

一つの方向としては,出版社には電子データがあるので提供を求めていく道筋を作れないかということがあります。やはり学術出版と商業出版とは違っていて,学術出版社にとっての大学はカスタマーとしての位置付けの比重が大きいので,大学のコンソーシアムというか,国立,公立,私立それぞれあると思いますが,大学と学術出版社との間では包括的な協定等を結んで,大学で学術文献や学術雑誌を購入しているのだから,電子データの提供については善処されたいというような合意形成を行うことは可能ではないかと考えております。これは短期か中期かは少しわかりませんけれども,恐らく可能であろうというふうに思いますしすべきことではないかというふうに考えています。
 それから,現在いろいろな形の電子的情報の提供がされていると思いますが,厳密に言うと著作権法37条の規定における情報提供施設というのは,政令では,大学の場合ですと大学図書館が指定されています。ですから,大学図書館が実施主体となって行っている場合については無許諾で複製し公衆送信できる,有資格者に対して公衆送信できるとなっていますけれども,多くの場合は大学の図書館が能動的に参加していない形になっているものと思われるので,その場合には,やや表現が難しいのですが,無許諾でひそやかにやっておられるところが多いのではないでしょうか。
 それは中・長期的な観点においても,やはりきちんと合意形成をしていくという点でも,次のいずれかの方法をとる必要があると考えます。一つは,大学図書館が主体となって,例えば障害学生支援センター等がそのブランチとしての組織上の位置付けを与えるというものと,あるいは文化庁と調整をして政令の中に障害学生支援センターも入れていただくといったような,いずれかの方法によって複製及び公衆送信について著作権法の37条の規定に整合性がとれる形にして,その上で大学間のデポジットを作ってアクセシブルな電子データ,電子教材の相互貸借,オンラインでの相互貸借を可能にしていくというふうにしていかないと,今のやり方をずっと続けていくというのは不合理極まりないというふうに考えています。
from 第3回の検討会議事録 石川准先生発言

 第6回の検討会において慶應義塾大学の中野泰志先生が以下のような発言をされています。

視覚障害の立場でいうと,図書館の本にどのくらいアクセスできるかがすごく重要で,先ほど自主学習のことを言いましたが,大学における学問とは,先生が授業で使っている本を読んでいてできる話ではありませんで,先生が参照しないものをどんどん先取りして教授をぎゃふんと言わせることが重要なわけで,そうなると先生が指示しないような本も読める必要があって,これは御存じの方がたくさんおられると思いますが,例えば,アメリカではアクセステキストネットワークというのが作られていて,大学で使われているような教材に関してはテキスト化してそれを共通に利用できるシステムがありますので,是非拠点校には,もし,がっさらとお金が来るんだったらそういうお金を使っていただいて,日本版の,例えばテキストデータを共有できるような仕組みを作っていただくとかというようなところに使っていただけるといいなと思います。
from 第6回の検討会議事録 中野泰志先生発言

 
 両先生の上の発言等を受けて、報告(第一次まとめ)では、国、大学等及び独立行政法人等の関係機関が取り組むべき事項の中長期的課題の中で、以下のようにまとめられています。

4) 教材の確保
○視覚障害や読字障害のため文字が見えにくい、読みにくい、肢体不自由のため書籍のページめくりや持ち運びが難しいなどといった「印刷物障害」に含まれる障害のある学生は、教科書や副読本、各種資料といった様々な教材の利用が困難である。また、聴覚障害のある学生は、音声の聞き取りや理解が難しく、動画等の視聴覚教材の利用が困難であり、大学等での学習機会への参加が難しい現状がある。
○これらの学生の学習機会への参加を保障するためには障害に応じ必要な教材を確保することが重要であり、各大学等の保有する点訳教材、字幕教材及びテキストデータ化した教材等の様々な教材や支援技術製品の一覧を作成し学内外で情報を共有することや、さらに、大学等間での共用や貸し借りを行う仕組みを検討することなど、利便性を高めるための方策を検討することが望まれる。
○また、電子化された教材は、学生本人にとって見やすい体裁への変更・調整や支援技術製品(音声読み上げソフトウェア等)の活用が容易となることから、その充実のため、大学等や図書館、出版社との連携の促進について検討することが望まれる。
from 報告(第一次まとめ) 6.国、大学等及び独立行政法人等の関係機関が取り組むべき事項 (2)中・長期的課題 4) 教材の確保

 2番目のところ、図書館に対する言及はされてないんですよね・・。ここで書かれていること、とくにテキストデータの共有は、著作権法第37条に基づくのであれば大学図書館が主体にならないと難しいはずですが、「文化庁長官の指定を受けることで,図書館以外の主体であっても大学の学内で同様の行為ができるということで」と事務局が説明して入れなかったようです(第9回議事録)。各大学の障害学生支援室ごとに文化庁指定を受けるのは、ちょっと現実的ではないという気がしますが・・・。

大学において求められる「教育上の合理的配慮等」を検討した「障がいのある学生の修学支援に関する検討会」(文部科学省)」への3件のフィードバック

  1. 石川さんが東大に最初の点字受験合格者として入学した時と大学図書館における視覚障害学生への資料提供のためのネットワークはほとんど前進していないように思われます。せっかく著作権法37条改正で公衆送信権を制限したのだから、大学図書館と国会図書館が連携してネットワークを活用したプリントディサビリティ学生への支援を展開してほしいと思います。

    1. kzakzaです。コメントありがとうございます。著作権法第37条が生かせていない状況は、大学図書館が主体にならないとなかなか難しいところがありますが、コストをかけて作成している以上は、大学も他の学生が使えるようにしたいと考えているのではないかと思います。アクセシブルな電子データの作成・提供について、大学図書館が主体になるように促進し、さらに国立国会図書館がそのハブとなって大学間でアクセシブルな電子データを共有できるようにしなければならないだろうと思います。

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