著作権法第37条第3項及びその運用ガイドラインにかかる図書館団体と権利者団体の協議の経緯

 著作権法第37条(以下)は、図書館や点字図書館が、代替資料の製作などプリントディスアビリティのある人(著作権法の条文上は「視覚障害者等」)に情報提供を行うための重要な権利制限規定です。

(視覚障害者等のための複製等)
第三十七条 公表された著作物は、点字により複製することができる。
2 公表された著作物については、電子計算機を用いて点字を処理する方式により、記録媒体に記録し、又は公衆送信(放送又は有線放送を除き、自動公衆送信の場合にあつては送信可能化を含む。)を行うことができる。
3 視覚障害者その他視覚による表現の認識に障害のある者(以下この項及び第百二条第四項において「視覚障害者等」という。)の福祉に関する事業を行う者で政令で定めるものは、公表された著作物であつて、視覚によりその表現が認識される方式(視覚及び他の知覚により認識される方式を含む。)により公衆に提供され、又は提示されているもの(当該著作物以外の著作物で、当該著作物において複製されているものその他当該著作物と一体として公衆に提供され、又は提示されているものを含む。以下この項及び同条第四項において「視覚著作物」という。)について、専ら視覚障害者等で当該方式によつては当該視覚著作物を利用することが困難な者の用に供するために必要と認められる限度において、当該視覚著作物に係る文字を音声にすることその他当該視覚障害者等が利用するために必要な方式により、複製し、又は自動公衆送信(送信可能化を含む。)を行うことができる。ただし、当該視覚著作物について、著作権者又はその許諾を得た者若しくは第七十九条の出版権の設定を受けた者若しくはその複製許諾若しくは公衆送信許諾を得た者により、当該方式による公衆への提供又は提示が行われている場合は、この限りでない。

 特に第37条第3項については、図書館団体と権利者団体が協議を重ねて策定した運用ガイドラインがあり、例えば、受益者である「視覚障害者等」をだれがどのように判断するのかということや、但し書きに該当する(つまり、図書館がだいたい資料を作ってはいけないもの)など、著作権法の条文だけでは判断できないことを具体的に定めています。図書館の間では著作権法第37条第3項に係るサービスを行う場合は、このガイドラインに基づいて行われています。

 著作権法第37条第3項及びガイドライン策定に至る2000年以降の経緯について、まとめてみました。なお、著作権法第37条に関係する事項を中心にまとめていますが、図書館と権利者との協議は、著作権法第37条に特化したものではなく、第31条も含む図書館業務全体を対象にしていたため、以下にまとめた経緯には、37条以外の事項も含まれています。
 
 なお、ここに掲載したものは、公開もしくは公刊された情報に基いており、本エントリに参考情報として掲載しているか、リンクが貼られています。その範囲で調べた範囲で判明しなかったもの(例えば、ガイドラインにも言及のある障害者ワーキングチームの設置された時期、経緯など)は、このエントリでは掲載しておりません。

経緯

2000(平成12)年

2月

文部省生涯学習局長の下に「コンピュータ,インターネット等を活用した著作物等の教育利用に関する調査研究協力者会議」が設置され、図書館活動に係る著作権制度の改善の在り方について検討される。9月に報告書の形で会議の提言が[PDF]「コンピュータ,インターネット等を活用した著作物等の教育利用について(報告)」(Internet Archiveに保存されていたもの)に文化庁長官に提出され、図書館に関する著作権制度改善の検討の契機となる。障害者サービスに関係するところでは以下のようにまとめられている。

(2)視覚障害者用に著作物の録音を行える主体の範囲
著作権法第37条第1項の例外規定により,公表された著作物は,視覚障害者用の「点字」により複製することができることとされており,この行為を無許諾で行える主体については,何ら制限が設けられていない。これに対して,公表された著作物等を視覚障害者向けの貸出しのために「録音」する行為については,この行為を無許諾で行える主体が,点字図書館等の視覚障害者の福祉の増進を目的とする施設(政令で定めるもの)に限定されている。この施設は,具体的には著作権法施行令によって定められているが,一般の公共図書館などはこれに含まれていない。
これについては,公共図書館の関係者やボランティア・グループの関係者などの間に,視覚障害者向けの貸出しのために上記の録音行為を無許諾で行える主体を拡大すべきであるとの意見がある。
しかし,このことについては,点字の場合と異なり録音物の場合は,視覚障害者のみによる使用を担保することが現時点では困難であり,上記のような主体の拡大を主張する人々が,まずこれを担保する方法等を検討して提案する必要があると思われる。

10月11日

文化庁文化審議会著作権審議会マルチメディア小委員会に図書館等における著作物等の利用に関するワーキング・グループが設置される。

2001(平成13)年

4月27日

文化審議会著作権分科会情報小委員会図書館等における著作物等の利用に関するワーキング・グループが設置される(第5回 <2001年9月28日> まで開催)。図書館側・権利者側から各4名の委員が選任されて、共通のテーブルで行った検討が始まる。

12月10日

文化審議会著作権分科会において、上記ワーキンググループの検討・整理等の結果が以下のように報告される。

 現行の著作権法第37条第3項では、専ら視覚障害者向けの貸出の用に供するために、公表された著作物を許諾を得ずに録音することができる者は、点字図書館等の施設に限定されているが、公共図書館等においても許諾を得ずに録音できるようにしてほしいとの要望がある。
要望の理由としては、公共図書館においても現在録音図書の作成を行っており、許諾なく録音できる主体を公共図書館に拡大することは、視覚障害者の福祉の増進という規定の趣旨にも適うことであることがあげられている。
この事項について、権利者側からは、健常者の使用にも供されるのではないかという危惧、録音図書を業として出版する者への影響に対する懸念、音読や入力が不正確に行われかねないとの懸念等が表明された。
文化審議会著作権分科会審議経過の概要(平成13年12月10日)

 同日、図書館等における著作物等の利用に係る権利制限の見直しに関し、同ワーキング・グループにおいて整理された事項について、関係者による具体的な協議・検討を行うため、「図書館等における著作物の利用に関する検討」が設置される(設置期間は2003年3月31日まで。会議は、第1回 <2002年2月1日> から第7回 <同年9月24日> まで開催された)。

    【検討メンバー】

  • 金原優 (社)日本書籍出版協会副理事長
  • 小阪守  全国公共図書館協議会:東京都立中央図書館サービス部長
  • 児玉昭義 (社)日本映像ソフト協会専務理事・事務局長
  • 酒川玲子 (社)日本図書館協会参与(著作権担当)
  • 土屋俊 国公私立大学図書館協力委員会:千葉大学教授
  • 中西敦男 学術著作権協会常務理事
  • 前園主計 専門図書館協議会著作権委員会委員長
  • 三田誠広 (社)日本文芸家協会常務理事・知的所有権委員会委員長
<「図書館等における著作物の利用に関する検討」に関する参考>

2002(平成14)年

9月27日

文化審議会著作権分科会法制問題小委員会(第4回)において、「図書館等における著作物の利用に関する検討」の検討結果として、図書館における視覚障害者のための複製について以下のように報告される。

 当面、図書館団体と権利者団体が協力して、「簡便な許諾契約システム」「事前の意思表示システム」等の構築を行うことで、両者の意見が一致した。(法改正については、これらのシステムの効果を評価したうえで検討する。)
「教育」「図書館」関係の権利制限見直しの概要(文化審議会著作権分科会法制問題小委員会 <第4回> 資料3 )

2003(平成15)年

1月

「図書館等における著作物の利用に関する検討」に参加していた個人の資格で覚書を取り交わし、「図書館等における著作物等の利用に関する当事者協議」が開始される。

2004年(平成16年)

3月

国公私立大学図書館協力委員会と日本著作出版権管理システム、学術著作権協会の間で図書館間相互貸借(ILL)のためのファクシミリ、インターネット送信のための無償許諾を 権利者側団体から得る

4月30日

日本図書館協会と日本文芸家協会の間で「視覚障害者のための録音図書作成についての公共図書館等における音訳資料作成の一括許諾に関する協定書」を締結される。

8月1日

「公共図書館等における音訳資料作成の一括許諾に関する協定書」に基づく障害者用音訳資料作成の一括許諾の申し込み受付の開始。

5月25日

「図書館における著作物の利用に関する当事者協議会」設置。権利者側と図書館側との各団体が委員を派遣して構成。以下の図書館側5団体、権利者側 6団体、計11 団体が、2,3 ヶ月に1回のペースで図書館における著作権問題の解決に向けて協議。

    ■ 図書館団体

  • 国公私立大学図書館協力委員会
  • 社団法人全国学校図書館協議会
  • 社団法人日本図書館協会
  • 全国公共図書館協議会
  • 専門図書館協議会
  • その他オブザーバとして国立国会図書館(2006<平成18>年から)など

 

    ■ 権利者団体(団体の五十音順)

  • 有限責任中間法人 学術著作権協会
  • 社団法人 日本映像ソフト協会
  • 社団法人 日本書籍出版協会
  • 株式会社 日本著作出版権管理システム
  • 社団法人 日本複写権センター
  • 社団法人 日本文藝家協会

当事者協議会設置と同じタイミング?

「著作権に関する図書館団体懇談会」設置。座長は土屋俊先生。2,3ヶ月に1回のペースで会合が開催されていたようである。

    ■ 参加した図書館団体

  • 公立大学図書館協議会
  • 国立国会図書館
  • 国立大学図書館協議会
  • 社団法人全国学校図書館協議会
  • 社団法人日本図書館協会
  • 私立大学図書館協会
  • 全国公共図書館協議会
  • 専門図書館協議会
  • 日本看護図書館協議会

2005(平成17)年

3月30日

文化庁文化審議会著作権分科会法制問題小委員会平成17年第2回(2005年3月30日)において、常世田良氏より図書館関係の権利制限について要望事項が提出される。障害者サービス関係は以下。

(E)著作権法第37条第3項について、複製の方法を録音に限定しないこと、利用者を視覚障害者に限定しないこと、対象施設を視覚障害者福祉施設に限定しないこと、視覚障害者を含む読書に障害をもつ人の利用に供するため公表された著作物の公衆送信等を認めることについて
1 現行制度
 現行の著作権法第37条第3項においては、録音図書の作成者を視覚障害者福祉施設に限定するとともに、録音図書の貸出対象者を視覚障害者のみに限定している。また、録音データの公衆送信を権利制限の範囲に含めていない。
2 当該制度に関する著作権に係る問題点
 図書館は「国民の教育と文化の発展に寄与する」ことを目的に、「資料を収集し、一般公衆の利用に供する」ために設置されている(図書館法第1条及び第3条)。ここにいう「一般公衆」には、障害のある人も当然含まれている。そして、障害のある人には、その人が利用できる形態の資料を収集し、あるいは利用できる形態に換えて資料を提供することによって、図書館法に掲げる当該目的を実現することになる。
 現行の著作権法第37条は、昭和45年の現行法制定に伴い追加されたものであるが、当時は公共図書館等における障害者サービスの実施館はほとんどなく、法制定以降に発展したものである。現在では公共図書館等における障害者サービス抜きに、障害者への情報保障は考えられないまでになっている。
 ところが、現行制度では、視覚障害者福祉施設とは言えない公共図書館、大学図書館、国立国会図書館等においては、視覚障害者向けの録音であっても無許諾ではできず、また、視覚障害者福祉施設であっても、視覚障害以外の利用者に対して録音資料を無許諾で提供できない。また、障害者への情報提供の迅速化と安定的な供給の確保のために不可欠な録音のマスターの保存についても問題を抱えている。
 また、現行著作権法では、録音資料の利用者を視覚障害者に限定しているが、録音資料は上肢障害でページをめくれない人や高齢で活字図書が読めない人、ディスレクシア(難読・不読症)、知的障害者等に対しても有効な読書手段であり、図書館に対しても提供を求める声が少なくない。
 さらに最近では、テキストデータを活用したデジタル媒体による読書をする障害者も増えている。また通常の文字の大きさでは読めない弱視者等のための拡大文字資料、触る絵本や読みやすくリライトされた図書、多様な読書障害者が利用できる国際標準規格のDAISY資料など様々な資料が求められているが、いずれも現行著作権法の規定により自由に製作、複製、提供ができないこととされている。
 さらに、一部の公共図書館、点字図書館では、視覚障害者等に対して、著作権者の許諾を得た音訳データのインターネット配信を実施している。ブロードバンド時代を迎え、各種障害者にとってインターネットを活用してのデータ作成や、情報提供は大きな役割を果たすものと考えられるが、著作権許諾が壁となって大きく進展できないでいる。時代の趨勢にあわせて公衆送信の送信データ内容、送信対象、そして公衆送信できる施設等の範囲を拡大し、多様な障害者の情報環境の改善を図ることが必要ではないかと考える。このような、時代の進展に応じた情報提供手段(情報障害者が利用できる形への変換)を法的に認めていかなければ、情報化社会における障害者の情報環境はこれまで以上に厳しいものとなるのではないかと考える。
3 著作権法の改正以外による当該問題の解決策
 許諾契約による解決策が考えられるが、これによる場合、項目(A)の中で記した煩瑣な手続が必要となる。その結果、健常者よりも不利な状況に立たされている障害者が、情報アクセスにおいても、この手続に要する時間だけ更に不利な状況に立たされることになり、更にいえば、著作権者の特定や所在が確認できなかった場合、事実上障害者の情報アクセスの機会を剥奪することになる。
 したがって、著作権法の改正以外には当該問題の解決策は存在しないものと考える。
4 その他
 現在、日本図書館協会と日本文藝家協会との間で協定を結び、文藝家協会所属の作家の作品については、事前登録した図書館においては個々の許諾事務が不要となるシステムが立ち上がっている。しかし、図書館における録音は文学作品だけではなく、あらゆる分野に及んでおり、さらに翻訳書も考えると、このシステムだけでは到底対応できないものと考える。
 なお、アメリカ合衆国、スウェーデン、韓国等においては、要望事項に掲げた内容の法整備がなされているものと聞いている。
法制問題小委員会平成17年第2回(2005年3月30日) 資料3 図書館関係の権利制限について(常世田委員作成資料)

2006(平成18)年

1月1日

「図書館における著作物の利用に関する当事者協議会」を構成する図書館関係団体と権利者団体の協議の結果、著作権法第31条に関する2つのガイドラインが策定される。

1月

文化審議会著作権分科会報告書(平成18年1月)[PDF]が発表。報告書に掲載された著作権法37条に関係する主な検討結果は以下のとおり(詳細は報告書の28ページから33ページを参照のこと)。
○著作権法第37条第3項について,複製の方法を録音に限定しないこと,利用者を視覚障害者に限定しないこと,対象施設を視聴覚障害者情報提供施設等に限定しないこと, 視覚障害者を含む読書に障害をもつ人の利用に供するため公表された著作物の公衆送信等を認めることについて

イ 検討結果
障害者による著作物の利用を促進するという趣旨に対しては支持する意見が多数であった。
ただし一方で,一般に読書に障害を持つ人々の用に供するために図書館が複製や公衆送信を自由に行い得るとすることは問題がある,要望の範囲が広範に過ぎる,目的外利用されないようにどのように担保されるかが明らかにされていない,趣旨の明確化が必要であるなどの指摘があり,現行法の基本的な枠組みを変更することなく,障害者への一層の配慮をどのように具体化し得るのか,整理が必要である。 また現在,権利者団体と図書館団体との間で,録音図書の作成に関してガイドラインが締結され,一定の条件の下で公共図書館での複製が可能となっており,あえて権利制限規定を見直す必要性は小さいという意見があった。
したがって,本件については,図書館関係者から障害者にとっての権利制限の必要性を十分踏まえた,より具体的で特定された提案を待って,権利者団体及び図書館関係者間で行っている協議の状況や,国民全体が均等に,より高いレベルでの文化の享受し得るという観点も踏まえつつ検討することが適当である。

○視覚障害者情報提供施設等において,専ら視覚障害者に対し,公表された録音図書の公衆送信をできるようにすることについて

イ 検討結果
視覚障害者による録音図書の利用をインターネットにより促進することが情報通信技術のもたらす利益を社会的弱者に広く及ぼすという意味で,極めて大きな公益的価値を有すると認められるため,本件要望の趣旨に沿って権利制限を行うことが適当であると考える。
ただし,権利制限を認める場合には,対象者が専ら視覚障害者に限定されることや目的外利用を防ぐこと等を条件にすることとし,権利者の利益を害しないような配慮が必要である。

2009(平成21)年

1月

文化審議会著作権分科会報告書(平成21年1月)[PDF]が発表。「第1編 法制問題小委員会 第3章 権利制限の見直しについて 第2節 障害者の著作物利用に係る権利制限の見直しについて 」において、検討結果が以下のとおりまとめられた(長文ですが、重要なので、以下に転載します)。

2 検討結果
(1)全体の方向性
 障害者の著作物利用についての権利制限は、これまで障害者の福祉の増進、社会参加の促進等の観点から規定が設けられてきている。一方、今回の検討においては、いわゆる情報アクセスの保障、情報格差是正の観点から対応が求められており、障害者にとって、録音物等のその障害に対応した形態の著作物がなければ健常者と同様に著作物を享受できないという状況を解消することが必要とされている。このような観点からは、従来の権利制限規定の対象となっていた障害種の障害者に限らず、多様な障害に対応して各障害者に必要な形態の著作物を制作することについても、基本的に高い公益性が認められると考えられる。
 このような観点から、本小委員会における検討では、障害者が著作物を利用できる可能性を確保する方向で著作権法上可能な措置について検討すべきであるとの意見や、障害者福祉の問題は、諸外国と比べて日本固有の事情があるとは考えられないことから、諸外国の例等を参考にそれと同程度の立法措置を講ずべきとの意見があった。また、検討に当たっては、健常者向けのマーケットや障害者向けのマーケットへの影響について考慮すべきであるとの意見があった。
 以上を基本的な方向性としつつ、各検討課題における対応方策について、次のとおり検討を行った。
(2)視覚障害者関係についての対応方策(1(1)ア・イ関係)
① 障害者の私的複製を代わって行うための措置について
 現行の著作権法第 30 条では、個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用することを目的として、その使用する者が著作物を複製することができることとされている。この「使用する者」については、使用者自身であることが原則であるものの、その支配下において補助的な立場にある者が使用者自身に代わって複製することも許されると解されている。このため、このような考え方を前提とすれば、ボランティア等が障害者の自宅において録音物を作成するような場合や障害者自身と個人的関係のある者が録音物を作成するような場合など、第 30 条の私的使用目的の複製に該当するものもあると考える。
 一方、現在、点字図書館で行われているプライベートサービスのように、外部の機関が多数の視覚障害者からの個人的な複製の要望に応じて録音物を作成するとの形態については、第 30 条の範囲の複製とは考えにくい。また、点字図書館が対象施設となっている第 37 条第 3 項では、視覚障害者の用に供するために、公表された著作物を録音することができることとされているが、その目的は、貸出しの用に供するため又は自動公衆送信の用に供するためとの限定がある。
 平成 18 年 1 月の著作権分科会報告書では、「私的使用のための複製」による対応を考えるのか、一定の障害者向けのサービスについて特別の権利制限を考えるのかについて、実態を踏まえた上で検討すべきとされていたところである。
 この点、第 30 条の私的使用目的の複製は、家庭内の行為について規制することが実際上困難である一方、零細な複製であり、著作権者等の経済的利益を不当に害するとは考えられないという趣旨に基づいた規定であり、前述のプライベートサービスのように、外部の機関が多数の視覚障害者からの要望に応じて録音物を作成するとの形態について、第 30 条の範囲を拡大して対応することは、本来の規定の趣旨から外れるものと考えられる。
したがって、点字図書館がプライベートサービスとして視覚障害者等の私的使用目的の複製を第三者が代わって行うための措置としては、別途、第 37 条第 3 項に基づき録音図書の作成を行う目的について、貸出しの用に供するため又は自動公衆送信の用に供するために限らないこととし、視覚障害者等が所有等をする著作物から録音図書を作成・譲渡することが可能となる措置を講ずることが適当と考えられる。
② 第 37 条第 3 項の複製を行う主体の拡大について
現行の第 37 条第 3 項では、「点字図書館その他視覚障害者の福祉を増進する目的とする施設」において録音が可能としており、具体的には、視覚障害者を対象とした施設が指定されているが、これらのほか、公共図書館等においても録音を可能とするよう要望がなされている。
現在、国立国会図書館や一般図書館において、日本図書館協会と日本文藝家協会が実施する「障害者用音訳資料ガイドライン」に従い、権利処理を行った上で録音図書(デイジー図書を含む)の作成を実施してきている これらの施設は、同ガイドラインの下で、登録制などにより利用者が視覚障害者等であることの確認が行える体制が整えられているものとして事業を実施しているものである。このように利用者の確認等が整えられ、視覚障害者の福祉等に携わる施設と同等の取組が可能と認められる公共施設については、第 37 条第 3 項の規定に基づく複製主体として含めていくことが適当と考えられる。
③ 第37条第3項の対象者の範囲の拡大について今回の権利制限は、録音物がなければ、健常者と同様に著作物を享受できない者への対応という観点から検討が必要とされているものであり、その必要性は、理念的には視覚障害者に限られるものではないと考えられることから、障害等により著作物の利用が困難な者について、可能な限り権利制限の対象に加えることが適切である。
もっとも、権利制限規定は、権利の範囲を定める規定との性格上から、また法に関する予測可能性を確保する観点から、規定の適用範囲を明確にしておく必要がある。範囲の明確化の方法としては、例えば、障害者手帳や医師の診断書の有無等の基準により限定する方法があるが、そのほか施設の利用登録等により確認がなされた者等を対象とするといった方法で認めていくべきとの要望もある。このため、このような意見等を踏まえ、規定の明確性を担保しつつ可能な限り範囲を広げていくよう努めることが適当と考えられる。
④ 第37条第3項の複製方式の拡大について
 本事項については、対象とする障害種の範囲の検討と密接な関係を有するため、知的障害者、発達障害者等関係の課題と併せて検討を行った。(2(5)で詳述)
⑤ 第 37 条第 3 項の範囲の拡大に関するその他の条件について
 今後、障害者向けの録音物等の市場が大きくなってくることも考えられ、営利事業としてこれらの複製を行う場合は権利制限の取扱いを慎重に検討すべきではないかとの意見があった。
 また、コンテンツの提供者等によりこれらの録音物が提供されることが本来望ましいとの考え方 45からは、コンテンツ提供者自らが、障害者に利用しやすい形態で提供するインセンティブを阻害しないようにする必要があると考えられることから、録音物等の形態の著作物が市販されている場合については、権利制限を適用しないこととすることが適当と考えられる。
(中略)
(4)知的障害者、発達障害者等関係についての対応方策(1(1)オ・カ関係)
① 現行規定での対応可能性
 ヒアリングの中では、学校教育に関係した事例が多く見られたが、著作権法第35条第1項では、学校その他の教育機関において、教育を担任する者及び授業を受ける者が、授業の過程において使用する場合には、公表された著作物を複製することができ、また翻案して利用することもできる(第 43 条第 1 号)とされている。
 この「教育を担任する者」については、その支配下において補助的な立場にある者が代わって複製することも許されると考えられており、学校教育、社会教育、職業訓練等の教育機関での活用であれば、要約等やデイジー図書の製作の態様によっては、現行法においても許諾を得ずに複製できる場合があると考えられる。ただし、複製の分量や態様、その後の保存等の面においては、必要と認められる限度に限られる。
一方、ヒアリングの中では、これらの取組の中核的な施設のようなものがデイジー図書の蓄積や提供を行う構想等も提示されているが、そのような形態であれば、第35条第1項の範囲の複製とは考えにくい。
② 対応方策について
 知的障害者、発達障害者等にとって、著作物を享受するためには、一般に流通している著作物の形態では困難な場合も多く、デイジー図書が有効である旨が主張されており、著作物の利用可能性の格差の解消の観点から、視覚障害者や聴覚障害者の場合と同様に、本課題についても、何らかの対応を行う必要性は高いと考えられる。
 このような観点から、視覚障害者関係(上記(2))、聴覚障害者関係(上記(3))の権利制限の対象者の拡大を検討していく中で、権利制限規定の範囲の明確性を確保する必要性はあるものの、可能な限り、知的障害、発達障害等により著作物の利用が困難な者についてもこの対象に含めていくよう努めることが適切である。その際、複製の方式については、録音等の方式に限定せず、それぞれの障害に対応した複製の方法が可能となるよう配慮されることが望ましいと考えられる。
(5)まとめ
 以上のように、障害者の著作物利用についての権利制限については、障害者の情報アクセスを保障し、情報格差を是正する観点から、対象とする障害種を視覚障害や聴覚障害に限定することなく、障害等により著作物の利用が困難な者であれば、可能な限り権利制限規定の対象に含め、また、複製等の主体、方式についてもそれに応じて拡大を行う方向で、速やかに所要の措置を講ずることが適当である。
 また、権利者への影響の観点から、権利制限を行うには一定条件の確保を前提とするために速やかな措置が難しい事項があった場合についても、その条件が整い次第、所要の措置を実施に移すことが適当と考える。
文化審議会著作権分科会報告書(平成21年1月)[PDF]

6月19日

著作権法の一部を改正する法律(平成21年法律第54号)公布(改正内容については、「2009年著作権法改正によって図書館にできるようになったこと:障害者サービスに関して」を参照)。

12月

上記の改正著作権法の施行(2010年1月1日)に伴い、障害者用音訳資料作成の一括許諾システムが終了する。

2010(平成22)年

1月1日

著作権法の一部を改正する法律(平成21年法律第54号)施行。

2月18日

「図書館における著作物の利用に関する当事者協議会」を構成する図書館関係団体と権利者団体の協議の結果、「図書館の障害者サービスにおける著作権法第37条第3項に基づく著作物の複製等に関するガイドライン」が策定される。

2013(平成25)年

9月2日

図書館の障害者サービスにおける著作権法第37条第3項に基づく著作物の複製等に関するガイドライン」の別表を一部修正。同日、メンバーの交代等のため、当事者協議会の下に設置されていた図書館の障害者サービスにおける著作権法第37条第3項に基づく著作権の複製等に関するガイドライン検討のためのワーキングチームが解散。

<参考>

12月25日

当時者協議会第38回会合が開催。この会合以降、当事者協議会の会合は開かれてはいない。

<参考>

全体に係る参考文献

関連エントリ

著作権法第37条第3項及びその運用ガイドラインにかかる図書館団体と権利者団体の協議の経緯」への2件のフィードバック

  1. 盲学校図書館でデータによる図書の提供を行っています。これを前全国の盲学校図書館で共有することは法的に可能でしょうか?お教えいただけると幸いです。現状、点訳・音訳のデータについても共有する仕組みはありません。制作ボランティアに大きな地域差があることを考え、今後はこのような仕組みが必要と考えています。

    1. まず、点字データについては、著作権法第37条で複製の主体を限定していませんので、可能だと思います。
      それ以外の形式については、著作権法第37条第3項の複製の主体に視覚特別支援学校図書館がなり得るか否かということになります(なり得るなら可能)。これは著作権法施行令の第2条で限定列記されている中に
      http://www.houko.com/00/02/S45/335.HTM
      「学校図書館法(昭和二十八年法律第百八十五号)第二条の学校図書館」が挙げられており、学校図書館法第2条では以下のように、特別支援学校図書館も含むとしていますので、基本的には複製の主体になりえると思います(全国の盲学校図書館が全て該当するかは個々の図書館の事情を存じ上げないので、はっきりと申せませんが、おそらくは・・)
      「第二条 この法律において「学校図書館」とは、小学校(義務教育学校の前期課程及び特別支援学校の小学部を含む。)、中学校(義務教育学校の後期課程、中等教育学校の前期課程及び特別支援学校の中学部を含む。)及び高等学校(中等教育学校の後期課程及び特別支援学校の高等部を含む。)(以下「学校」という。)において、図書、視覚聴覚教育の資料その他学校教育に必要な資料(以下「図書館資料」という。)を収集し、整理し、及び保存し、これを児童又は生徒及び教員の利用に供することによつて、学校の教育課程の展開に寄与するとともに、児童又は生徒の健全な教養を育成することを目的として設けられる学校の設備をいう。」

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