DAISYは視覚障害者だけのものじゃない – 「読書バリアフリー研究会」のマルチメディアDAISY特別支援教育活用事例報告 –

 5月に開催された伊藤忠記念財団が主催する読書バリアフリー研究会(大阪の部)に参加してきました。少し遅くなってしまいましたが、昔のメモを掘り起こしつつ、その参加報告です。

 伊藤忠記念財団は、子どもの教育環境の整備の支援に力をいれている財団です。その活動の1つとして、本を読むことに困難のある子どもへの読書活動を支援することを目的に児童書などをマルチメディアDAISY化して特別支援教育関係機関へ無償で配布する事業を行っています。

 DAISYといえば、視覚障害者のためのフォーマットという印象が強いフォーマットですが、伊藤忠記念財団が主催する研究会ということで、特別支援教育におけるマルチメディアDAISYの活用に力点が置かれています。マルチメディアDAISYが視覚に障害のある人だけではなく、その他の通常の読書に困難のある人にも有意なフォーマットであると聞いたこともあり、私も当時その関係の本をいろいろと読んでいたので、個人的に非常にタイムリーな研究会でした。

野口武悟先生によるバリアフリー資料と取り除くべき読書のバリアの話

 専修大学文学部准教授野口武悟先生による「読む喜びを伝えよう ~読書のバリアをとりのぞく! その現状と課題」というテーマのお話からです。
 野口先生は以下のようなバリアフリー資料を紹介しつつ

  • 点字資料
  • 録音資料
  • 拡大文字資料
  • さわる絵本
  • 手話付き絵本
  • LLブック
  • マルチメディアDAISY
  • その他の電子書籍

 これらのバリアフリー資料はだれにとっても使いやすい資料であり、特定の人間のみが使用する特別なものにしてならないと。
 バリアフリー資料の多くが著作権法第37条3項に基づいてボランティアベースで作られている。著作権法第37条3項に基づいて作成されたバリアフリー資料は利用できる対象に法的な制約が課されている。誰にとっても使いすいはずのバリアーフリー資料が誰もが使える資料になっていない。
 しかし、オリジナルとして商業出版されているバリアフリー資料にはそのような制約はない。だから、バリアフリー資料が商業ベースで流通するようにしなければならないのだと強く仰っていました。バリアフリー資料を商業ベースで、つまり、儲かる形で流通するようにならなければならない。
 
 野口先生のお話は、私自身常々思っていることでもあったので、強く首肯するところです。
 バリアフリー資料を出版して儲かる。さらに踏み込んで、出版社にバリアフリー云々をを意識させることなく、普通に出版した資料が当然のようにバリアフリー資料だった、そういう状況になれば本当に理想的です。そういう意味では電子書籍市場の拡大、とくにDAISY的な機能を持つEPUB3の普及は非常に大きな可能性があると私は期待しています。

特別支援教育におけるマルチメディアDAISYの活用事例報告

 午後からはマルチメディアDAISY(伊藤忠記念財団寄贈のわいわい文庫)の特別支援教育への活用事例の報告です。
 高等部の活用事例は三重大学教育学部附属特別支援学校の逵直美先生、小中学部の活用事例は京都府立南山城支援学校の藤澤和子先生による報告でした。
 
 なお、逵直美先生、藤澤和子先生の報告を含め、マルチメディアDAISYの教育への活用事例報告は以下で公開されています。

高等部

 まずは逵直美先生(三重大学教育学部附属特別支援学校)による高等部の報告です。
 詳しくは以下をご覧ください。

 マルチメディアDAISYを授業で以下のように活用されたそうです。

  • DAISYの読み上げ箇所をハイライト表示する機能や読み上げ速度を調整する機能を音読や文字の書写の練習に活用。
  • 個人で読むだけではなく、クラスでみんなで視聴する形で使う。

マルチメディアDASIYに対して以下のような要望もだされていました。

  • マルチメディアDAISYには絵を動かす仕組みがないので、絵本アプリも活用した。絵本アプリの動く絵は、生徒の意識を集めることができて非常によかったが、DAISYのような細かな再生を制御する仕組みがないのが不便。DAISYで絵を動かす仕組みが欲しい。

成功体験が重要、自分でできると思えることが自信につながると逵先生がおっしゃっていました。
 マルチメディアDAISYの読み上げ速度の調整機能、読み上げ箇所のハイライト表示が、例えば、家庭学習での読み上げ練習などに活用されています。マルチメデァアDASIYを活用することで、生徒がそれぞれ自分のペースで学習を進められるいうことが重要なのだと思います。

小中学部

 藤澤和子先生(京都府立南山城支援学校)による小中学部での報告です。
 詳しくは以下をご覧ください。

  • 大型テレビを使って、マルチメディアDASIYをグループ視聴。生徒の興味を引きやすく、集中させやすい。読み上げの間隔をあけて、ハイライトされた箇所を全員で復唱したり。
  • 個人で視聴
  • 学習支援
  • 音読指導

藤澤先生が感じられたマルチメディアDAISYの長所は以下の通りです。

  • ハイライトが分かち書きごとに区切られている。
  • 単語のまとまりが視覚的にわかる。それを聴覚で意識できる。視聴覚を使うので、短期記憶が容易。復唱もしやすい。

 一方で、こんなマルチメディアDAISYがあったら・・と以下のような要望も出されていました。

  • 登場人物によって声を使い分けられているDAISYがよかったという意見があった。声は非常に重要ではないか。DAISYは音声を使い分けることができるのが大きなメリット。
  • 文字の消えた作品があってもよいのではないか。
  • さわったら反応が返ってくるようなもっとインタラクティブなものがあったらよい。
  • マルチメディアDAISYは字の大きさは変更できるが、絵はできない。これができるとよい。
  • 2-3歳を対象とした簡単な絵本がDAISYがあるとありがたい。

まとめ

 マルチメディアDAISYに対する要望は、EPUB 3に対する要望とも言えると思いますが、EPUB 3の普及によるコンテンツの量の増加によってある程度は解決されるのでしょうか。しかし、視覚障害者のDAISYの利用方法及びそれに対する要望と、特別支援教育関係者のそれらは開きがあるように思えます。例えば、特別支援教育では、絵本を読み聞かせに近い使い方で、読み上げは感情を込めて読んで欲しいというニーズがあるように感じましたが、視覚障害者を対象とするいわゆる「音訳」は、書かれていることを音声として忠実に再現することに力が置かれ、読み手の感情を視覚障害者に押しつけないことが求められていると聞いたことがあります。
 
 両者のベクトルがそもそも異なるので要件に開きがあるのは当然といえば当然。無理に要件を集約するべき問題ではなく、コンテンツの量の増加によって担保される多様性によって自然と解消されていくべき問題であろうと思います。危ないのは、一方の要件のみが強くなりすぎてもう一方の要件が打ち消されてしまうことでしょうか。
 「DAISYは視覚障害者のものだけではない」ということはもっと知られる必要があるのだろうと思います。

EPUB 3からDAISYへの変換機能も必要じゃないの?というDAISY Pipelineのメーリングリスト上でのやりとり

 DAISYコンソーシアムが公開しているオープンソースのコンバーターDAISY Pipeline 2(開発中)は以下のようなDAISYの各バージョンからEPUB 3に変換する機能を持っています。

  • DAISY2.02 → EPUB3
  • DTBook(DAISY3のXMLドキュメント) → EPUB3
  • DAISY3 → EPUB3
  • DAISY -AI(DAISY4) XML → EPUB3
  • ※その他、HTMLファイル、点字ファイルへの変換も可能です。

 しかし、逆方向のEPUB 3からDAISYに変換する機能がありません(そして、現在公開されているロードマップにも開発の予定はありません)。
 EPUB3で作成されるコンテンツは日々増えているものの、現時点では、以下のエントリで紹介したようにDAISY再生ソフトウェア/機器のEPUB 3対応は不十分であり、EPUB 3ビューワーもDAISYユーザーが満足するほどアクセシブルではないという状況で、DAISYユーザーは増えていくEPUB 3コンテンツの恩恵を十分にうけることができません。

 
 EPUB 3をDAISY2.02やDAISY 3に変換し、DAISYユーザーが使い慣れている機器/アプリケーションで利用できるようにすることは、取り得る有効な選択肢の1つだと思われますが、同じように考える人がDAISY Pipeline開発陣の中にもいたようで、2013年1月にDAISY Pipelineの開発用メーリングリストでEPUB3_to_DAISYのコンバーターの開発の提案とそれに関する議論がされていました。

 個人的に関心があるところですので、少し詳しく紹介します。

メーリングリスト上のやりとり

 主に以下のお二人のやりとりです。お二人ともDAISY Pipleline 2開発に関わっている方のようです(Deltour氏は開発の中心メンバー?)。

 長いので先に結論を申し上げておきますと、一応EPUB 3からDAISYへの変換機能の開発をする方向ですすめていく・・・・ような感じではありますが、結論は出ていません。 

Jacobsen氏とDeltour氏のやりとり

Jacobsen氏の提案

 Jacobsen氏よりEPUB3から以下のようにDAISYに変換できる機能が必要じゃないかという提案です。

  • EPUB3 → DAISY2.02
  • EPUB3 → DTBook(もしくはDAISY3)
  • EPUB3 → ZedAI (いわゆるDAISY4)

https://groups.google.com/d/msg/daisy-pipeline-dev/yJIJqV7d1vQ/VYLT5qeHbMkJ
 

Deltour氏の回答

 Deltour氏はこのJacobsen氏の提案を妥当な提案であると認めつつ、

  • DTBookへ変換について: 文法的に寛容なHTML(そして、それを用いるEPUB 3)から文法的に厳格なDTBookへ変換は確実性を担保できないから難しい
  • しかし、EPUB3からDAISY 2.02への変換はDTBookと比べるとまだ容易かもしれない。

 ということで、EPUB 3からDTBook(及びDAISY3)への変換機能の開発には否定的なものの、DAISY 2.02への変換については比較的前向きな回答をしています。ただし、すでにDAISY Pipeline 2 プロジェクト計画書に掲載されたもっと優先順位が高いものに開発資源を割かねばならないため、DAISY 2.02への変換機能の開発にすぐにはリソースを割くことができない、との留保つきです。 
https://groups.google.com/d/msg/daisy-pipeline-dev/yJIJqV7d1vQ/QA6V20s6lwkJ
 

Jacobsen氏のNLBの状況説明

 Jacobsen氏、リソースをすぐに割けないことに同意しつつ、今回の提案の背景となったにNLBの状況説明(ちょっと蛇足になりますが、かなり興味深いので詳しく紹介します)。

  • NLBは紙の書籍を裁断し、OCRをかけた上でDTBookを制作している。DTBook制作は他の北欧諸国の機関と共同でインドのパートナー企業に外注している。
  • インドのパートナー企業との契約が2013年できれるので、そろそろ2014年以降の調達の計画とマークアップガイドラインの作成を始めなければならない。
  • 次の契約では、DTBookではなく、DAISY-AI(ZedAI/DAISY4)かEPUB 3を考えている。
  • 点字ファイルの作成について。現在は、DTBookからNorBrailleというツールを用いてPEF形式の点字ファイルに変換している(詳細: Braille production workflow at NLB)。
  • PEF形式への変換を、DTBookかDAISY-AI(ZedAI/DAISY4)をインプットファイルとするDAISY Pipelineを用いたフローに変更することを内部で検討している。
  • 音声DAISYの作成について。現在はDolphin Publisherを使用して、DAISY 2.02版のDAISYを作成している。Dolphin PublisherからHindenburg Audio Book Creatorに変更することを計画中。これならEPUB 3図書が作成できる。
  • もしEPUB 3形式のオーディオブックからDASIY2.02への変換が可能ならEPUB 3がオーディオブックのマスターフォーマットになるとJacobsen氏自身は考えている。
  • 教科書について。 XHTML 1.0形式の教科書データと、そして、おそらくDAISY3形式の教科書データを学生に配布している。しかし、代わりにEPUB 3形式の教科書データを配布すればよいので、EPUB 3からHTML形式やDAISY 3形式に変換することは私たちにはあまり必要ない。
  • 出版社からEPUB 3ファイルを受け入れるようになれば、そのEPUB3をインプットファイルとしてマルチメディアDAISYや点字ファイルが作成できるのだが・・・。

https://groups.google.com/d/msg/daisy-pipeline-dev/yJIJqV7d1vQ/bhz0flgqVvMJ

Deltour氏の回答
  • 技術的にJacobsen氏の要件は実現可能であるが、HTML(EPUB 3)からDTBookへの変換はやりにくいし、最優先の要件ではない。外注して作成するEPUB 3のHTMLファイルのマークアップをきっちり管理できるならやりやすくなるだろう。
  • EPUB3形式のオーディオブックからDAISY2.02形式のオーディオブックへの変換は未知の領域(しかし、Hindenburg Audio Book Creatorを使う方法は興味をそそられる)。
  • DAISY Pipelineの現行のプロジェクト計画書は2013年10月まで。その間はこの計画書に掲載されていることを優先してやらねばならないので、どうしてもこれらの要件を盛り込みたいのであれば、DAISYコンソーシアムの上を説得するか、理事会にうんと言わせて、この計画書を変更させなければならない。以下の3つの選択肢がある。
    1. 理事会の同意を得て、優先順位を上げてもらい現行のプロジェクト計画書期間内に行う
    2. 2013年10月以降のプロジェクト計画書に盛り込む
    3. 急ぐならDAISY Pipelineの開発メンバーを頼らずに自分たちでやる

https://groups.google.com/d/msg/daisy-pipeline-dev/yJIJqV7d1vQ/IVf-Glf0ifIJ

Jacobsen氏の回答

(意訳)
 自分でコーディングしてみたいなぁ・・・。とにかく他の機関で同じような要望がどれくらいあるかを聞いて、それから決めましょう。
https://groups.google.com/d/msg/daisy-pipeline-dev/yJIJqV7d1vQ/at-PhUU1QrUJ

その後 ※追記

 5月にDeltour氏がDAISY Pipelineの次の開発フェーズ(2014年1月から2015年12月)のOverview案を公開しました。

 この案では、DAISY Pipeline 1の機能を統合し、DAISY 2.02とDAISY 3を作成する機能を開発することが提案されていますが、EPUB 3から DAISYに変換する機能には触れられていません。
 当然、Jacobsen氏から「入ってねーじゃねか!」というツッコミがありました。さらに次のコペンハーゲンの会合で他の北欧諸国からもEPUB 3からDTBookへの変換機能の要望がでるかもよと(以上、意訳)。
 Deltour氏もDAISY2.02、DASIY3、DTBookからEPUB3、DAISY -AI(DAISY4)への移行が短期間で進むとは考えておらず、故にDAISY 2.02とDAISY 3を作成する機能の開発も次もフェースでと候補に挙げたとのことです。次のフェースの計画の詳細についてに話し合うときに、EPUB 3からDAISYへの変換機能も検討の候補に含めようと回答しています。
 ということで、2014年から始まる次のフェースでにEPUB 3からDAISYへの変換機能の開発が行われるかもしれません。

関連エントリ

EPUB 3とDAISY 4の関係
DAISYからEPUB 3に変換する
DAISY再生ソフト・機器のEPUB対応

アクセシブルなフォーマットにコンバートするスタンフォード大学のSCRIBE Project

 スタンフォード大学アクセシブル教育オフィス(Accessible Education. Office)がWordファイル、テキストファイル、htmlファイルなどから各種電子書籍フォーマット、DAISY、点字フォーマットに変換するコンバートサービスを公開しています。

 Inputファイル形式とOutputファイル形式は以下の通りです。
07
from Conversion Options
 EPUBからDAISYに変換することはさほど難しいとは思えないので、EPUBからDAISYへの変換は対応してほしいところです※。
※2013/08/15 追記
思ってたほど簡単ではないようでした。

  音声(MP3)への変換を選択するとテキストをTTSで読み上げたものをMP3でダウンロードできるようです。
eeeedfr06
 音声ファイル(MP3)への変換画面
 変換できる点字フォーマットも非常に多く、PEF(Portable Embosser Format)の他に様々な点字フォーマットの変換に対応しているようです(知らないものばかり・・・)。
eeeee18
 点字ファイルへの変換画面