1916年(大正5年)に東京盲学校(現在の筑波大学附属視覚特別支援学校)の学生が点字図書200冊を東京市立本郷図書館に寄託し、東京市立本郷図書館は点字文庫を開設したことが公共図書館による障害者への情報提供の嚆矢とされています。
では、帝国図書館ではどうだったのだろうかと思っていたのですが、国立国会図書館デジタルコレクションで、偶然、以下の記事をみつけたので、メモとして。
1936年(昭和11年)に東京盲学校の卒業生が点字図書を帝国図書館に寄付しています。そして、同年の『帝国図書館報』に初めて点字図書の書誌の掲載がされ、以後、継続的に点字図書の書誌が掲載されるようになります。寄付された点字図書の書誌が、『帝国図書館報』に掲載されたのかどうかはわかりませんが、時期的に深い関係がありそう。国立図書館における障害者への情報提供の最初の事例になるかもしれない。
東京盲学校の卒業生による点字図書寄付については、『本邦の図書館界』(岡山県中央図書発行)第12に朝日新聞の記事を転載する形で紹介されています。東京盲学校の卒業生が点字図書を寄贈して帝国図書館に点字図書館に要請したとの1936年(昭和11年)の記事です。
上の記事をテキストにしたのが以下です。
點字図書館設立の為に盲人が図書を寄贈
官立東京盲学校の卒業生杉山眞平君外十三名は帝國図書館に松本館長を訪れて點字図書一四四冊の寄附を申出で「日本全國15萬の盲人の為是非點字図書室を設置して戴きたい」と懇願した。松本館長は「十分努力しよう」と誓った。之の杖を頼りの盲人達の美談は本所■(注: 字がつぶれて判読できず。「區」か?)の吉野志郎氏が今春二十九歳を最後として病逝したが、同家は比較的財政に恵まれてゐた。そして志郎氏は生前口癖の様に「點字図書館が欲しい」と云ってゐたので志郎氏の父元吉氏が盲人達に百圓贈った。盲人達は之を基礎として皆々不自由な身で八方奔走し點字図書の蒐集に力め今回前記の様に一四四冊の蒐集に成功し之を帝國図書館に寄附したのである(昭一一、一〇、五 東京朝日)
同年に刊行された『帝国図書館報』第29冊第12号に初めて点字図書の書誌も掲載されました。
国立国会図書館デジタルコレクション – 帝国図書館報. 第29冊第12号
以下、該当部分のページの画像です。リンク先は国立国会図書館デジタルコレクションで公開されている同雑誌の該当するページへのリンク。
ここに掲載された図書が、国立国会図書館に引き継がれているかどうかも気になるところですが、NDL-OPACで確認できる範囲では所蔵されているかどうかは確認できませんでした。