読書に困難のある子供に図書館ができること

 このエントリは、Webじゃないアクセシビリティ Advent Calendar 2018 12月7日のエントリです。
 私が図書館員ということで、本のアクセシビリティ、具体的には紙の本を読むことが困難な方のうち、小学校、中学校に通学する児童生徒の読書環境について、私自身の問題意識と来年に引き継ぎたい関心事をまとめてみます。
 なお、紙の本を読むことが困難になる原因には、視覚障害やディスレクシア、肢体不自由(上肢障害でページがめくれない、姿勢が維持できない等)などの様々な理由が挙げられます(詳しくは紙の本が読めない 読み難い状況とその原因 · Advanced-Publishing-Laboratory参照)。

障害のある児童生徒は、特別支援学校に在籍する障害のある児童生徒だけではない。

 特別支援教育を受ける障害のある児童生徒は、大別すると、特別支援学校(視覚、聴覚、知的の障害のある児童や、肢体不自由者、病弱者に対して教育を行う学校)に通うもの、小学校、中学校に通いながらその中に設置された特別支援学級で教育を受けるもの、小学校、中学校の通常学級に在籍しながら障害の状態に応じた指導を受けるもの(通級指導)がいます。
 以下は文部科学省「特別支援教育資料(平成29年度)」から抜粋した特別支援教育を受けている児童の統計です。特別支援学校だけではなく、非常に多くの児童生徒が小学校、中学校に通学しながら特別支援教育を受けていることがわかります。

特別支援学校対応障害種別学校数と在籍幼児児童生徒数(国・公・私立計)
障害種別 学校数 在籍児童数生徒数
小学部 中学部 合計
視覚障害 82 1,550 1,228 2,778
聴覚障害 116 2,935 1,853 4,788
知的障害 776 37,207 27,662 64,869
肢体不自由 350 13,578 8,381 21,959
病弱・身体虚弱 149 7,306 5,158 12,464

※複数の障害種に対象としている学校、複数の障害を併せ有する児童については、それぞれの障害種ごとに重複してカウントされている。

 

 

小学校、中学校に設置された特別支援学級数に在籍する児童生徒数(国・公・私立計)
障害種別 小学校(人) 中学校(人) 合計(人)
弱視 413 134 547
難聴 1,242 470 1,712
知的障害 77,743 35,289 113,032
肢体不自由 3,418 1,090 4,508
病弱・身体虚弱 2,480 1,021 3,501
言語障害 1,570 165 1,735
自閉症・情緒障害 80,403 30,049 110,452
小学校、中学校の通級学級に通いながら指導を受けている生徒数(公立のみ)
障害別 小学校(人) 中学校(人) 合計(人)
弱視 176 21 197
難聴 1,750 446 2,196
肢体不自由 100 24 124
病弱・身体虚弱 20 9 29
言語障害 37,134 427 37,561
自閉症 16,737 2,830 19,567
情緒障害 12,308 2,284 14,592
学習障害 13,351 3,194 16,545
注意欠陥多動性障害 15,420 2,715 18,135

 
 上の統計に計上された児童生徒のうち、読書困難のあるものがどれくらいいるかを示す統計はありませんが、障害種別で考えても、視覚障害者、学習障害者はかなりの割合で、それ以外の障害種についても、重度であれば一定の割合で読書に困難な児童生徒が含まれているのではないかと思わます。
 また、文部科学省が実施した通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒の全国実態調査 において、学習面で困難を示しつつも通級指導を受けていない児童の存在が示されています。担任教員の視点で「知的発達に遅れはないものの「読む」又は「書く」に著しい困難を示す」児童が2.4%はいるという推定値も出されており、上の統計外にも読書に困難な児童生徒が小学校、中学校には多く在籍しているのではないかと思われます。
 以上、長々と書いてしまいましたが、小学校、中学校にも読書に困難のある児童生徒が多く在籍しているということです。

小学校や中学校の学校図書館の蔵書整備状況(障害児・生徒向けの資料の所蔵はどうなのか)

 それでは、小学校、中学校の学校図書館の蔵書の整備状況はどうなのでしょうか。
 以下は、文部科学省が実施した平成28年度学校図書書館の現状に関する調査から抽出した統計ですが、学校図書館図書標準 を達成している学校図書館も小学校で7割に達しておらず、10年以上の百科事典や図鑑などを配架している学校図書館が小学校で5割を超えているなど、学校図書館の蔵書の整備状況も厳しいことがわかります。学校図書館ガイドライン で障害のある児童の様々な教育的ニーズに応じた様々な形態の図書館資料を充実するよう努めることが記載されているものの、障害のある児童生徒は、小学校、中学校の中では数の上でどうしてもマイノリティになってしまうので、資料整備そのものが困難な状況下において、障害のある児童生徒向けに資料を購入し、あるいは製作して提供することが予算的にもマンパワー的にも行うことができない学校図書館が多くあるのではないか、と推測します(このあたりは統計では見つけることができなかったが、もう少し詳しく個々の事例を調べたい)。

学校図書館における学校図書館図書標準達成状況(平成27年度末)
学校数 図書標準達成(100%)学校数及び割合
小学校 19,604校 13,023校(66.4%)
百科事典や図鑑など配備されているセットの刊行後経年数別内訳
10年以上 5年以上 3年以上 3年未満
小学校 55.3% 23.8% 11.2% 9.7%
中学校 62.6% 20.9% 9.2% 7.3%

学校図書館と公共図書館の連携の状況

 
 上の状況を踏まえると、学校図書館と公共図書館との連携が重要になってきます。文部科学省が平成28年に学校図書館を対象に実施した学校図書書館の現状に関する調査」では、8割以上の小学校の学校図書館が公共図書館と何かしらの連携を行っていることがわかります(中学校はぐんと落ちてしまうのですが・・)。

公共図書館との連携状況(学校図書館を対象にした実態調査)
学校数(A) 公共図書館との連携を実施してい学校数(B) 割合(B/A) 内訳(複数回答可)
公共図書館資料学校への貸出(C) 割合(C/B) 公共図書館との定期的な連絡会の実施(D) 割合(D/B) 公共図書館司書等による学校への訪問(E) 割合(E/B)
小学校 19,604 16,119 82.2% 15,288 94.8% 3,625 22.5% 4,113 25.5%
中学校 9,427 5,424 57.5% 4,663 86.0% 1,695 31.3% 1,191 22.0%
特別支援学校 小学部 837 328 39.2% 276 84.1% 33 10.1% 76 23.2%
中学部 834 305 36.6% 257 84.3% 33 10.8% 65 21.3%

※公立学校における状況

 
 公共図書館は、1館あたりの蔵書数でも学校図書館と比較して少なくとも一桁は多い豊富な資料を所蔵している上に、相互貸借によって全国の公共図書館から資料を取り寄せるネットワークを持っています。また、DAISYや点字資料などの障害者向け資料の取り寄せについては、点字図書館の相互貸借ネットワークも加わます。国立国会図書館サーチでは、公共図書館、点字図書館等が所蔵する80万件以上の障害者向け資料が検索できますが、これを取り寄せるネットワークを公共図書館は持っている。
 学校図書館側が在籍する児童生徒の一人一人の特性のニーズを公共図書館側に伝え、公共図書館がそのニーズにあった資料をネットワークを通じて、例えば、DAISYや大活字本、展示資料を取り寄せて提供する、ということができれば、障害のある児童生徒が身近な学校図書館を通じて利用できる資料を格段に増やすことができます(たぶんそういった連携がすでに実施されているところも結構あるのだと思いますが、時間切れで事例を見つけるに至らず 汗。これも要調査事項)。また、DAISYなどは著作権法の権利制限規定に基づいた運用が求められるので、そのあたりの運用に係るノウハウは公共図書館側の支援が重要になるかもしれません。

さいごに

 教師は教育の専門家であっても、本や資料の専門家ではないので、どのような種類、形式の本・資料があり、それがどのような人に利用できるのかは、わからない場合があります。障害の特性に応じて利用できる資料の存在を教員や児童生徒に伝え、教育上のサポートを行うことは学校に設置された図書館及び司書の役割であろうかと思います。また、授業から離れて、児童生徒が自分の関心や興味に応じて自由に読みたい本を、その児童生徒が利用することができる形式で読むことができる環境を提供することも、児童生徒にとってもっとも身近な学校図書館の役割だと思います。
 とはいえ、学校図書館が単独でそれを行うことはなかなか厳しいと思われますので、資料提供の点においても、資料相談の点においても公共図書館等の図書館ネットワークのバックアップが不可欠です。
 サピエ図書館国立国会図書館では、全国の図書館や点字図書館で製作された障害者向け資料の電子データや資料の所蔵情報を集めて、インターネット経由で提供していますが、全国規模のサービスであるだけに一律のサービス提供にならざるを得ないところがあります。児童生徒自身が自身の障害の特性を理解し、かつ各資料の違いを理解して、自分自身が利用できる資料を見つけることができるのであれば、これらのサービスを利用者自身が直接利用することもできますが、それを独力で行える児童生徒はかなり限られるのではないかと感じています(このあたりはアクセシビリティメタデータに係る問題意識と共通するところがあります)。
 資料と児童生徒を結びつけるには、資料の特徴を熟知し、かつ一人一人の障害の特性を理解し、その児童生徒のニーズに最もあった形式の資料を提案できる図書館の介在が欠かせないところだと思います。この場合、児童生徒と直接、接点を持つのは学校図書館ですが、その後ろに公共図書館、さらにその後ろに図書館ネットワーク(サピエ図書館や国会図書館含む)の連携による有機体としての「図書館」であってほしい、有機体に属するものとしてそう思い、頑張りたいと思います(という年末っぽい締めに)。
 
※2018/12/8 追記
 このエントリでは、障害のある児童生徒のニーズが埋もれがちな小学校、中学校に学校図書館に焦点をあてて書きました。本エントリでは簡単に触れるにとどめた特別支援学校の学校図書館について少し補足します。平成28年度学校図書書館の現状に関する調査で確認できるように、特別支援学校の学校図書館の蔵書の整備状況は小学校、中学校以上に厳しい状況です。その上、本エントリに掲載した表のように公共図書館との連携も小学校、中学校ほど連携が進んでいません。特別支援学校の学校図書館についても、公共図書館との連携が重要なこと、「さいごに」で書いたことはそのまま当てはめて考えるべきだと思います。