図書館の点訳、音訳、テキスト化等に係る著作権法の権利制限規定(著作権法第37条)

 図書館や点字図書館で行われている点訳や音訳(DAISY録音図書の製作)、テキストデータ化等、サピエ図書館国立国会図書館が行っているDAISYをインターネットで提供するサービス等は、日本では主に著作権法の権利制限規定(著作権法第37条)に基づいて行われています。
 図書館や点字図書館関係者を対象とした研修では、よくテーマになる著作権法第37条の話ですが、ウェブ上ではまとまった形で紹介されていないような気がしたので、簡単に概要をまとめました。あくまで私の理解ということになりますので、間違っている場合もあり得ますので、ご留意ください。

1. 著作権法第37条の概要

 第37条は第1項から第3項までありますが、それぞれ以下のように対応しています。

  • 第37条第1項、第2項: 点訳に係る権利制限規定
  • 第37条第3項: 音訳やテキストデータ化など(「など」としているところが重要!)に係る権利制限規定

 先に表でまとめると以下になります。

著作権法第37条の概要
項目 点訳(第37条第1項、第2項) 音訳、テキスト化などのそれ以外の形式(第37条第3項)
受益者(複製物を利用してよいのは誰か) 規定なし(誰が利用しても良い) 視覚障害者等
複製行為を行える者 規定なし(誰が点訳してもよい) 著作権法施行令第2条に限定列記された機関・団体
複製の目的 規定なし(営利・非営利を問わない) 視覚障害者等に提供するため
複製物として作成してよい形式 点字 視覚障害者等が利用するために必要な方式
複製の対象(複製していいもの) 公表された著作物 公表された視覚著作物
ただし、著作権者自身が提供している方式には複製できない
複製物の受益者への提供方法 ・公衆送信(インターネット配信、メール送信)
・譲渡(第47条の7による)
・貸出(営利を目的としない場合に限る。第38条第4項による)
・公衆送信(インターネット配信、メール送信)
・譲渡(第47条の7による)
・貸出(営利を目的としない場合に限る。第38条第4項による)

2. 点訳に係る著作権法の権利制限規定(第37条第1項、第2項)

 点訳に係る著作権法第37条第1項、第2項は以下になります。

第三十七条 公表された著作物は、点字により複製することができる。
2 公表された著作物については、電子計算機を用いて点字を処理する方式により、記録媒体に記録し、又は公衆送信(放送又は有線放送を除き、自動公衆送信の場合にあつては送信可能化を含む。次項において同じ。)を行うことができる。

 ポイントは以下のとおりです。後述の第37条第3項と比べるとシンプルです。

  • 受益者(複製物を利用してよいのは誰か): 規定なし(誰が利用しても良い)
  • この権利制限規定で複製行為を行える者: 規定なし(誰が点訳してもよい)
  • 複製の目的: 規定なし(営利・非営利を問わない)
  • 複製の対象: 公表された著作物
  • 複製物として作成してよい形式: 点字
  • 複製物の受益者への提供方法: 公衆送信(インターネット配信、メール送信)・譲渡(第47条の7)・貸出(営利を目的としない場合に限る第38条第4項

 他の権利制限規定であれば、例えば、私的複製に係る権利制限を規定する第30条の「個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用することを目的とする」のように、複製の目的が規定されているところですが、第37条第1項は、「公表された著作物は、点字により複製することができる。」とのみ規定するだけで、複製の目的が規定されていません。点字の利用は視覚障害者に限られ、著作権者の経済的利益に影響を当たる影響は軽微だろうという前提でたっているため、制約が少なくなっています。
 「誰もが」行えるというところと、点訳の目的を限定していない、対象についても第3項の但し書きにような限定条件をつけていない点があとで紹介する著作権法第3項と大きく異なります。

3. 音訳やテキストデータ化などに係る権利制限規定(第37条第3項 )

  
次は、音訳やテキストデータ化などに係る著作権法第3項です。以下になります。

3 視覚障害その他の障害により視覚による表現の認識が困難な者(以下この項及び第百二条第四項において「視覚障害者等」という。)の福祉に関する事業を行う者で政令で定めるものは、公表された著作物であつて、視覚によりその表現が認識される方式(視覚及び他の知覚により認識される方式を含む。)により公衆に提供され、又は提示されているもの(当該著作物以外の著作物で、当該著作物において複製されているものその他当該著作物と一体として公衆に提供され、又は提示されているものを含む。以下この項及び同条第四項において「視覚著作物」という。)について、専ら視覚障害者等で当該方式によつては当該視覚著作物を利用することが困難な者の用に供するために必要と認められる限度において、当該視覚著作物に係る文字を音声にすることその他当該視覚障害者等が利用するために必要な方式により、複製し、又は公衆送信を行うことができる。ただし、当該視覚著作物について、著作権者又はその許諾を得た者若しくは第七十九条の出版権の設定を受けた者若しくはその複製許諾若しくは公衆送信許諾を得た者により、当該方式による公衆への提供又は提示が行われている場合は、この限りでない。

3.1 概要

 第37条第3項のポイントは以下のとおりです。複製できる形式は実質特に規定されておらず、この規定でなされる音訳やテキストデータ化の成果物は、健常者でも利用できるため、第1項、第2項の点訳と比べると、制限が設けられています。

  • 受益者(複製物を利用してよいのは誰か): 視覚障害その他の障害により視覚による表現の認識が困難な者(「視覚障害者等」)(=プリントディスアビリティのある人)と規定
  • 複製できる者: 複製できる主体は政令で限定列記された機関
  • 複製できる形式: 視覚障害者等が利用するために必要な方式(具体的にこの形式という規定なし)
  • 複製の対象: 公表された視覚著作物(ただし、著作権者より同じ形式のものが提供されている場合は複製できない。)
  • 複製物の受益者への提供方法: 公衆送信(インターネット配信、メール送信)・譲渡(第47条の7)・貸出(営利を目的としない場合に限る第38条第4項

 図書館と点字図書館は、この著作権法第37条第3項と、図書館関係団体と権利者が合意してまとめられた以下のガイドラインに基づいて運用しています。第37条第3項は、このガイドラインとセットで読む必要があります(以下、「ガイドライン」という場合は、以下のガイドラインを指します)。

3.2 受益者(複製物を利用してよいのは誰か){#32}

 点訳の第1項、第2項では受益者は特に規定されていませんが、次のように第3項は受益者が「視覚障害その他の障害により視覚による表現の認識が困難な者(視覚障害者等)」と規定されています。

視覚障害その他の障害により視覚による表現の認識が困難な者( 中略「視覚障害者等」という。)

 点訳の第1項、第2項では受益者は特に規定されていませんが、第3項は受益者が「視覚障害その他の障害により視覚による表現の認識が困難な者(視覚障害者等)」と規定されています。 つまり、端的に言えば、第37条第3項に基づいて作成した資料やデータを受益者として規定される「視覚障害者等」に該当しない人は利用していけない。
 「視覚障害者等」という略称から視覚障害者とそれに類する障害者と思われがちですが、視覚障害者以外にディスレクシア、肢体不自由者など理由で読書に困難のある非常に幅広い方がこの「視覚障害者等」に該当します。いわゆる「プリントディスアビリティのある者」とほぼ同義です。法律用語にありがちですが、「等」の対象とするところがとても広い。ちなみに2010年に著作権法が改正されるまでは、受益者は「視覚障害者」に限定されていました。2010年の改正はとても大きいものでした。
 なお、図書館では、「視覚障害者等」の判断の仕方やサービスの提供方法について第4項と第5項およびそれに付随する別表で細かく規定しています。

3.3 この権利制限規定で複製行為を行える者

 点訳の第1項、第2項では、複製ができるものについてとくに規定されていません(制限はない)が、第3項には、次のように政令で限定列記されたものに限定されています。

視覚障害その他の障害により視覚による表現の認識が困難な者(以下この項及び第百二条第四項において「視覚障害者等」という。)の福祉に関する事業を行う者で政令で定めるもの

 政令とは、具体的には著作権法施行令第2条を指し、次のように規定されています。ざっくり言うと、図書館や視覚障害者等の福祉に関係する機関、団体、ボランティア団体です。

第二条 法第三十七条第三項(法第八十六条第一項及び第三項並びに第百二条第一項において準用する場合を含む。)の政令で定める者は、次に掲げる者とする。
 一 次に掲げる施設を設置して視覚障害者等のために情報を提供する事業を行う者(イ、ニ又はチに掲げる施設を設置する者にあつては国、地方公共団体又は一般社団法人等、ホに掲げる施設を設置する者にあつては地方公共団体、公益社団法人又は公益財団法人に限る。)
  イ 児童福祉法(昭和二十二年法律第百六十四号)第七条第一項の障害児入所施設及び児童発達支援センター
  ロ 大学等の図書館及びこれに類する施設
  ハ 国立国会図書館
  ニ 身体障害者福祉法(昭和二十四年法律第二百八十三号)第五条第一項の視聴覚障害者情報提供施設
  ホ 図書館法第二条第一項の図書館(司書等が置かれているものに限る。)
  ト 老人福祉法(昭和三十八年法律第百三十三号)第五条の三の養護老人ホーム及び特別養護老人ホーム
  チ 障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律(平成十七年法律第百二十三号)第五条第十一項に規定する障害者支援施設及び同条第一項に規定する障害福祉サービス事業(同条第七項に規定する生活介護、同条第十二項に規定する自立訓練、同条第十三項に規定する就労移行支援又は同条第十四項に規定する就労継続支援を行う事業に限る。)を行う施設
 二 前号に掲げる者のほか、視覚障害者等のために情報を提供する事業を行う法人(法第二条第六項に規定する法人をいう。以下同じ。)で次に掲げる要件を満たすもの
  イ 視覚障害者等のための複製又は公衆送信(放送又は有線放送を除き、自動公衆送信の場合にあつては送信可能化を含む。ロにおいて同じ。)を的確かつ円滑に行うことができる技術的能力及び経理的基礎を有していること。
  ロ 視覚障害者等のための複製又は公衆送信を適正に行うために必要な法に関する知識を有する職員が置かれていること。
ハ 情報を提供する視覚障害者等の名簿を作成していること(当該名簿を作成している第三者を通じて情報を提供する場合にあつては、当該名簿を確認していること)。
  ニ 法人の名称並びに代表者(法人格を有しない社団又は財団の管理人を含む。以下同じ。)の氏名及び連絡先その他文部科学省令で定める事項について、文部科学省令で定めるところにより、公表していること。
 三 視覚障害者等のために情報を提供する事業を行う法人のうち、当該事業の実施体制が前号イからハまでに掲げるものに準ずるものとして文化庁長官が指定するもの

3.4 複製の目的

 点訳の場合は、複製の目的は規定されていませんでしたが、第3項に基づく複製の場合は、以下のように規定されています。

専ら視覚障害者等で当該方式によつては当該視覚著作物を利用することが困難な者の用に供するために必要と認められる限度において

 視覚障害者等に提供する目的と規定されています。図書館等は、視覚障害者等以外のものに提供してはいけませんし、視覚障害者等が著作権者が提供している方式では利用することができない場合に当該視覚障害者等が利用できる方式での複製に限られます。
 これは、後述の複製できる方式複製してはいけないものとも絡んできます。

3.5 複製できる形式

 この第3項でどのような形式に複製することができるのかということが以下のところで規定されています。視覚障害者等が利用するために必要な方式で複製できるということで、具体的にこの形式という制限はありません。

専ら視覚障害者等で当該方式によつては当該視覚著作物を利用することが困難な者の用に供するために必要と認められる限度において、当該視覚著作物に係る文字を音声にすることその他当該視覚障害者等が利用するために必要な方式

 ちなみに2010年に著作権法が改正されるまでは、「録音図書」に限定されていました。それが2010年の法改正で、視覚障害者等が利用するために必要な方式であれば、どのような形式で複製できるようになりました。大きい。
 なお、ガイドラインの第6項で以下のように例示されています。

(図書館が行う複製(等)の種類)
6 著作権法第37条第3項にいう「当該視覚障害者等が利用するために必要な方式」とは,次に掲げる方式等,視覚障害者等が利用しようとする当該視覚著作物にアクセスすることを保障する方式をいう。
 録音,拡大文字,テキストデータ,マルチメディアデイジー,布の絵本,触図・触地図,ピクトグラム,リライト(録音に伴うもの,拡大に伴うもの),各種コード化(SPコードなど),映像資料のサウンドを映像の音声解説とともに録音すること等
 

3.6 複製の対象

 複製してよいものとして、以下のように「公表されたされた視覚著作物」が規定されています。点訳の第1項、第2項は「公表された著作物」ですので、対象が狭くなっています。

公表された著作物であつて、視覚によりその表現が認識される方式(視覚及び他の知覚により認識される方式を含む。)により公衆に提供され、又は提示されているもの(当該著作物以外の著作物で、当該著作物において複製されているものその他当該著作物と一体として公衆に提供され、又は提示されているものを含む。以下この項及び同条第四項において「視覚著作物」という。)

ポイントは以下のとおり。

  • 図書館の所蔵資料などに限定されない
  • 視覚で認識して利用する「視覚」著作物である(視覚著作物なので、紙の書籍だけではなく、電子書籍も視覚著作物に含まれます)。音楽などの「聴覚著作物」は含まれないので、例えば、本にCDがついている場合がありますが、CDに収録された音声は聴覚著作物に相当するので、録音図書にいれることはできません。
  • 映像は、音声とセットで提供されているものがほとんどですが、「当該著作物以外の著作物で、当該著作物において複製されているものその他当該著作物と一体として公衆に提供され、又は提示されているものを含む。」という規定があるので、映像も視覚著作物に含まれる。

3.7 複製してはいけないもの

ただし、当該視覚著作物について、著作権者又はその許諾を得た者若しくは第七十九条の出版権の設定を受けた者若しくはその複製許諾若しくは公衆送信許諾を得た者により、当該方式による公衆への提供又は提示が行われている場合は、この限りでない。

公表された視覚著作物でも、第37条第3項に基づいて複製してはいけないものが、上の「ただし書き」と呼ばれるところで規定されています。端的に言えば、著作権者より同じ形式のものが提供されている場合は製作できないということで、出版社自身が録音図書DAISYで出版している場合などがこれに該当します。
 どのようなものがただし書きに該当するのかについても、実務上図書館が判断するためにガイドラインは第9項で具体的に規定しています。

3.8 複製物の受益者への提供方法

第37条第3項により複製する形で作成された複製物の提供方法については、以下のように規定されています。

複製し、又は公衆送信を行うことができる。

以下ができることになります。

  • 公衆送信(インターネット配信、メール送信、FAX送信など)
  • 譲渡(これは第47条の7で読みます)
  • 貸出(営利を目的としない場合に限ります。これは第38条第4項で読みます。)

4. マラケシュ条約

 2019年1月からWIPOのマラケシュ条約(正式名称には以下のリンクのとおりですが、長いので「マラケシュ条約」)が日本においても発効しました。

 マラケシュ条約について紹介すると、それだけ1エントリになってしまうので、ここでは簡単に紹介するにとどめますが、端的にいえば、著作権法第37条第3項を国際条約にしたものになります。従来のWIPOの著作権条約は、著作権者の権利を強化する目的のものが多かったのですが、このマラケシュ条約は著作権法の権利制限規定を国際条約化しています。
 プリントディスアビリティのある人(=視覚障害者等)の著作権法の権利制限規定の内容が国によって差異があり(そもそも著作権法にそのような権利制限規定がない国もある)、例えば、米国で著作権法の権利制限規定に基づいて作成された録音図書をインドのプリントディスアビリティのある人に提供できない等の問題が生じていました。もともとプリントディスアビリティのある人の読むことができる本は少ない上に途上国のプリントディスアビリティのある人の読める本はさらに少ない。このような状況を、世界盲人連合は、Book Famine(本の飢餓)と呼んでいます。
 
 マラケシュ条約は、このような国ごとのプリントディスアビリティのある人(=視覚障害者等)への情報保障に係る権利制限規定の差異をなくし、各国で作成されたDAISY等のアクセシブルなコンテンツの国際交換を促進させることで、本の飢餓を解消することを目的に作られたものです。条約締約国である日本の著作権法も、第37条第3項がマラケシュ条約の求める要件を満たすものになっています。
 くわしくは機会があれば(というよりも気が向けば)、いずれ書くことにしますが、以下にも詳しいです。

5. 参考

 著作権法第37条については、平成30年の法改正は反映されていませんが、以下の本が詳しいです。

 国立国会図書館の平成30年度障害者サービス担当職員向け講座で研修科目になっている「著作権法と障害者サービス」の講義資料。こちらは、上の本ほどではないですが、図書館員であれば、著作権法第37条の運用において、理解が必須のガイドラインの内容にも踏み込んで触れています。

6. 関連エントリ

著作権法第37条全体

平成30年の著作権法改正関係