大学の障害学生支援室が著作権法第37条第3項の複製の主体に該当するかについての文化庁著作権課の見解

 著作権法第37条第3項では、著作権法施行令で定められた施設は視覚障害その他の理由で読書に困難のある人々のために著作者の許諾なく複製が行えるという権利制限が規定されています。大学については、著作権法施行令第二条第一項第一号ロにおいて、
大学等の図書館及びこれに類する施設
が複製の主体(著作権法第37条第3項に基づく複製が行える機関)として規定されています。
 大学図書館が複製の主体に含まれることは間違いありません。しかし、「これに類する施設」に何が該当するかという点です。
 現状として、視覚障害など障害のある学生のために著作物のテキストデータの作成は、ほとんどの大学で障害学生支援室のような学生支援部局が行っており、大学図書館でそれを行っているところは立命館大学図書館などのごく少数の例外を除き、ほとんどありません。
 大学図書館は著作権法第37条第3項の規定に基づいて著作物の複製が行えますが、障害学生支援室が、上の「これに類する施設」に該当するとは文字だけでは解釈できないために、障害学生支援室は、著作権法第30条に基づき、学生の私的複製(手足理論)という形でしか著作物を複製することしかできなかったのではないかと思います。この場合、学生の私的複製という形ですので、テキストデータを作成しても、製作を依頼した学生にしか渡すことしかできず、同じ著作物のテキストデータをリクエストした他の学生への提供も大学間で相互貸借や共同利用ができません。
 ちなみに、大学として、著作物のテキストデータ(「教材のテキストデータ化」)の作成をしているところは、以下の日本学生支援機構の平成26年度の調査によれば、89の大学が実施しています。

 各大学でどれだけの数が製作されているかまではこの調査ではわかりませんが、これだけの数の大学で製作したテキストデータの共同利用が進んでいないということは、非常にもったいないことだと思います。これについて、平成24年度に文部科学省が立ち上げた「障がいのある学生の修学支援に関する検討会」でも議論され、報告書でも言及されています。

 他の学生への提供も大学間で相互貸借や共同利著作権法第37条第3項に基づく複製であれば可能です。障害学生支援室が「これに類する施設」に該当する施設という解釈がはっきりすれば、各大学が作成したテキストデータなどの共同利用が一気に進む可能性があります。
 これについて、内閣府の障害者政策委員会の8月の会議で、障害者政策委員長である静岡県立大学教授の石川准先生の質問に回答する形で、文化庁著作権課が公に見解を示しました。議事録も公開されるはずですが、動画は公開されており、それを確認することができます。障害学生支援室が全て含まれるというわけでもなさそうですが、大学図書館の趣旨に合致するものが含まれるという見解です。該当部分のテキストを起こしてみました(一字一句すべてが正確というわけではないので、ご注意を)。

障害者政策委員会 第25回動画 分割 2/2

※該当部分は、「第25回動画 分割 2/2の」58分33秒から1時間2分31秒。

障害者政策委員長 石川准氏

情報アクセシビリティと関係して、あるいは、教育とも関わってくる話ですが、著作権法の37条に関する点につきまして、文化庁著作権課にお聞きしたいのですけれども、政令で指定された機関が、視覚による読書に困難のある人々を対象として、著作物を複製することは、著作権者の許諾なしに認められる、というのがその37条の規定でありますけれども、その政令の中で大学の場合は、大学図書館がそのような機関として指定されております。ただし、現状の各大学における障害学生支援というのは、障害学生支援室といったところが中心になって行っておりまして、そこが例えば、視覚障害等あるいはディスレクシアの学生に対して著作物を電子データ化するといった作業も行っておりますけれども、これがそもそも著作権法第37条に基づく複製にあたるのかどうかということについて、各大学とも半信半疑、というところがございまして、したがって、共同利用、相互貸借みたいなこともできずにいるという状況がございます。それにつきまして、文化庁著作課としてのご見解、つまり、大学図書館等と書いてあって、障害学生支援室とは書いていないけれども、それも含むのか、あるいは、列挙型の規定となっているので、書いていないことは含んでいないのか、ということについて、この場を借りて、ご見解をいただけると有り難いと思います。

文化庁著作権課課長補佐 秋山氏

お問い合わせのありました著作権法37条3項の適用に関する部分ですけれども、同項の権利制限規定の適応のある主体に関しては政令で定める、ということになってございます。さきほどご説明いただいたとおりです。この政令でございますけれでも、著作権法施行令第二条第一項第一号ロにおきまして、この37条3項の規定の適用がうけられる主体として、「大学等の図書館及びこれに類する施設」と、このように定められてございます。ここにいう、「これに類する施設」といいますのは、大学図書館のように図書等の資料を備え置いて、学生に資料の貸出等の情報提供を行う機能、こういった機能を担う施設が想定されているものと解されるところでございまして、必ずしも名称が大学図書館となっていなくても、当然、その他のものが含まれるということは念頭に置かれているものと理解してございます。したがいまして、行政、私どもとしてまして、個々の事例への法令の適用関係について、個別に判断を申し上げる立場ではございませんけれども、ご質問のありましたのような、障害学生支援室といった名称を冠する組織につきましても、通常、上記の大学図書館のような趣旨に合致するものも多いと考えられますので、そうしたものにつきましては、基本的に「これに類する施設」に該当するというふうに解釈することもできるのではないかというふうに考えています。

障害者政策委員長 石川准氏

ありがとうございました。大変、明快なご回答をいただきまして、感謝いたします。

 
 障害者学生支援室のような学生支援部署も著作権法第37条第3項の複製の主体になりえる解釈を文化庁が公の場で議事録に残る形で示したことは大きいと思います。しかし、「大学図書館の趣旨に合致する」という条件めいたものがついていることが正直、わかりづらいところがありますね。情報提供だけすれば条件に合致するのか、資料も備えることがもとめられるのか。前者であれば、テキストデータ化をしているところは全て該当すると考えてよいように思いますが、後者の資料を備えることまで求められると該当するところはぐっと減る気がします。

参考

著作権法

第三十七条  3  視覚障害者その他視覚による表現の認識に障害のある者(以下この項及び第百二条第四項において「視覚障害者等」という。)の福祉に関する事業を行う者で政令で定めるものは、公表された著作物であつて、視覚によりその表現が認識される方式(視覚及び他の知覚により認識される方式を含む。)により公衆に提供され、又は提示されているもの(当該著作物以外の著作物で、当該著作物において複製されているものその他当該著作物と一体として公衆に提供され、又は提示されているものを含む。以下この項及び同条第四項において「視覚著作物」という。)について、専ら視覚障害者等で当該方式によつては当該視覚著作物を利用することが困難な者の用に供するために必要と認められる限度において、当該視覚著作物に係る文字を音声にすることその他当該視覚障害者等が利用するために必要な方式により、複製し、又は自動公衆送信(送信可能化を含む。)を行うことができる。ただし、当該視覚著作物について、著作権者又はその許諾を得た者若しくは第七十九条の出版権の設定を受けた者若しくはその複製許諾若しくは公衆送信許諾を得た者により、当該方式による公衆への提供又は提示が行われている場合は、この限りでない。

著作権法施行令

第二条  法第三十七条第三項 (法第八十六条第一項 及び第三項 並びに第百二条第一項 において準用する場合を含む。)の政令で定める者は、次に掲げる者とする。
一  次に掲げる施設を設置して視覚障害者等のために情報を提供する事業を行う者(イ、ニ又はチに掲げる施設を設置する者にあつては国、地方公共団体又は一般社団法人等、ホに掲げる施設を設置する者にあつては地方公共団体、公益社団法人又は公益財団法人に限る。)
イ 児童福祉法 (昭和二十二年法律第百六十四号)第七条第一項 の障害児入所施設及び児童発達支援センター
ロ 大学等の図書館及びこれに類する施設
ハ 国立国会図書館
ニ 身体障害者福祉法 (昭和二十四年法律第二百八十三号)第五条第一項 の視聴覚障害者情報提供施設
ホ 図書館法第二条第一項 の図書館(司書等が置かれているものに限る。)
ヘ 学校図書館法 (昭和二十八年法律第百八十五号)第二条 の学校図書館
ト 老人福祉法 (昭和三十八年法律第百三十三号)第五条の三 の養護老人ホーム及び特別養護老人ホーム
チ 障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律 (平成十七年法律第百二十三号)第五条第十一項 に規定する障害者支援施設及び同条第一項 に規定する障害福祉サービス事業(同条第七項 に規定する生活介護、同条第十二項 に規定する自立訓練、同条第十三項 に規定する就労移行支援又は同条第十四項 に規定する就労継続支援を行う事業に限る。)を行う施設
二  前号に掲げる者のほか、視覚障害者等のために情報を提供する事業を行う法人(法第二条第六項 に規定する法人をいう。以下同じ。)のうち、視覚障害者等のための複製又は自動公衆送信(送信可能化を含む。)を的確かつ円滑に行うことができる技術的能力、経理的基礎その他の体制を有するものとして文化庁長官が指定するもの

大学の障害学生支援室が著作権法第37条第3項の複製の主体に該当するかについての文化庁著作権課の見解」への2件のフィードバック

  1. 大学等の高等教育機関の学生支援室が37条に基づくアクセシブルな代替資料の製作と提供に参入できるのは大歓迎ですが、本来、37条に基づく提供は大学図書館がやっていなければならないことなので、それが行われていないので、代わりに支援室がやるということになると、やや複雑な思いです。
    「DAISY+マラケシュ条約=代替資料のGlobal Library」として、高等教育から専門的な仕事に必要な文書情報のアクセシビリティで苦労が劇的に少なくなる近い将来が見えてきたように思います。日本でこの国際ネットワークに大学図書館が入るのか障害学生支援室が入るのかは、大いに検討が必要です。大学図書館は障害のある学生の支援に慣れていない場合にも、検索できる資料の交換は特に問題なくできるはずなので、支援室が37条で製作し、出来上がった代替資料は大学図書館が提供の責任を負うと言う形で高等教育用の代替資料のネットワークが形成されるのが望ましいように思います。また、その際に、国立国会図書館には大きな役割が期待されます。奇しくも関西館の現館長は石川さんの点訳ボランティアだった方なので、国会図書館がそのような37条で作られる専門書と学習用図書の代替資料のオンライン交換ネットワークの要として国際交換も含めて大きな役割をはたしていただきたいと期待しております。

    1. コメントありがとうございます。障害学生支援室で、実際にどのような形でどのようなテキストデータが製作されているのかを実は、まだ具体的にあまり存じ上げておりませんので(これは調べねばとは思いますが)、現時点ではっきりとしたことは申し上げられませんが、代替資料の製作を大学図書館ではなく、障害学生支援室が行っている事情については、予算獲得の事情、また、障害学生の支援という観点から考えると、必要な支援は学術活動に必要な情報提供だけではなく、大学における活動全般が求められることから、学生支援部局がおこなっているところはあるのかもしれません(あくまで推測です)。いずれにしましても、実際にテキストデータ化を行っているところが大学図書館ではなく、障害学生支援室であるという現実はありますので、そこはビジョンを持ちつつも、そういった現状と向き合いながら、走りつつ考えていく必要があるのだと思います。
       しかし、河村さんのおっしゃることは私も基本的には同意見です。仮に著作件法第37条第3項の複製の主体に障害学生支援室が該当するとしても大学図書館のこの分野における役割は重要だと思います。障害のある学生の研究活動にも、様々な資料が必要で、それは障害学生支援室が提供する代替資料だけではとても足りず、大学図書館が著作件法第37条第3項に基づいた代替資料でなくても、既存の資料で、利用できる資料を提供することはできるはずです。また、資料の検索、レファレンス等、図書館司書がもつ専門性は障害のある学生も活用できるようにならなけえればならないと思います。
       このようなことを考えながら、当面はあり方を探るように走ることなるのではないかと思っています。

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