EPUB3.1の仕様と同時に公開されたEPUBのアクセシビリティの仕様 EPUB Accessibility 1.0 について概要をまとめてみました。
目次
1. 仕様及び関連文書
EPUBのアクセシビリティの仕様は、EPUB Accessibility 1.0 。これは規格として策定されたものなので、長期的な使用に耐えうるように、その時々の技術には依存しない形で書かれており、要件も抽象的な記述になっています。具体的な達成方法は、関連文書であるEPUB Accessibility Techniquesに参照することになります。これは、WCAGとWCAGの関連文書である”Techniques(達成方法集)”と同じ関係。EPUB Accessibility Techniques に似た立ち位置の文書として 古くからあるEPUB 3 Accessibility Guidelines が存在しますが、Techniques のさらなる追加の説明文書的な立ち位置として整理されているようです。
- EPUB Accessibility 1.0(imagedriveさんによる日本語訳)
- EPUB Accessibility Techniques 1.0(上の仕様の達成方法集)
- EPUB 3 Accessibility Guidelines
また、EPUBもウェブ技術を使用しているので、アクセシビリティの要件をのかなりの部分をWeb Content Accessibility Guidelines (WCAG) 2.0 に拠っているので、これも参照する必要があります。
- Web Content Accessibility Guidelines (WCAG) 2.0(日本語訳)
- Understanding WCAG 2.0(日本語訳)
- Techniques for WCAG 2.0(日本語訳)
2. EPUB Accessibility 1.0が対象とするEPUBのバージョンの範囲
EPUB3.1と同じタイミングで公開されたものだが、EPUBの特定のバージョンを対象とするものではなく、古いバージョン又は将来のバージョンも含む全てのEPUBのバージョンを対象とする。
3. EPUB Accessibility 1.0のポイント
個人的にポイントと感じたところは以下です。
- アクセシビリティメタデータは必須。超重要。この仕様で最低限満たすべきとしているラインがアクセシビリティメタデータを提供すること。
- WCAG2.0のレベルAが必須要件。レベルAAは推奨。なので、非テキストコンテンツに対する代替テキストは必須
- 音声(非テキストコンテンツ)が主たるコンテンツである録音図書は、WCAG2.0の要件を満たすものではない(代替テキストがないから)。しかし、不可ではない。特定の利用者に最適化されたものであり、だからこそ、それとわかるアクセシビリティメタデータを提供することが重要
- ページ数のある紙版等のバージョンがある場合は、ページ番号は提供すべきとしている
- TTSによる読み上げの支援(SSML、PLS)に関する規定はなし
- DRMは否定していないが、支援技術によるアクセスを阻害する制限は不可
- 補論という形で閲覧ソフトと配信システムの要件も規定されている
印象としては、この仕様はそれほど高いハードルを設けていません。アクセシビリティメタデータを提供すれば、EPUB Accessibility 1.0の必須要件に準拠したと言えるものは多いのではないでしょうか。DRMですね。DRMかなぁ…
4.仕様の概要
EPUB Accessibility 1.0は、要件の適合によって以下のとおり、発見可能なEPUB出版物、アクセシブルなEPUB出版物、最適化されたEPUB出版物の3つに整理されています。
発見のメタデータ要件 | アクセシビリティの要件 | 最適化(規格またはガイドライン識別)の要件 | |
---|---|---|---|
発見可能なEPUB出版物 | 適合 | ||
アクセシブルなEPUB出版物 | 適合 | 適合 | |
最適化されたEPUB出版物 | 適合 | 適合 |
5. 発見のためのメタデータ要件
EPUB 3 Publication(OPFファイル)に格納されるメタデータにschema.orgのアクセシビリティメタデータ以下のように包含することを求めている。詳細は、以下のエントリにまとめたのでそちらをご参照ください。
必須(must)
推奨(recommended)
任意(optional)
6. アクセシビリティの要件
以下のとおり。
6.1 WCAGとの適合性
WCAGレベルAが必須(must)、WCAGレベルAAが推奨(recommended)となっている
WCAGが求める要件も幅広いので、ここで全て網羅できませんが、レベルAで求められている以下は直接関係があるでしょうか。画像等の非テキストコンテンツに代替テキストの提供を必須としている点は重要です(webだと最近だと提供することが常識になっていますが、電子書籍だとどこまで提供されているか・・・)。
原則 1: 知覚可能 – 情報及びユーザインタフェース コンポーネントは、利用者が知覚できる方法で利用者に提示可能でなければならない。
ガイドライン 1.1 テキストによる代替: すべての非テキストコンテンツには、拡大印刷、点字、音声、シンボル、平易な言葉などの利用者が必要とする形式に変換できるように、テキストによる代替を提供すること。
1.1.1 非テキストコンテンツ: 利用者に提示されるすべての非テキストコンテンツには、同等の目的を果たすテキストによる代替が提供されている。ただし、次の場合は除く: (レベル A)
(中略)
ガイドライン 1.3 適応可能: 情報、及び構造を損なうことなく、様々な方法 (例えば、よりシンプルなレイアウト) で提供できるようにコンテンツを制作すること。
1.3.1 情報及び関係性: 何らかの形で提示されている情報、 構造、及び関係性は、プログラムによる解釈が可能である、又はテキストで提供されている。 (レベル A)
1.3.2 意味のある順序: コンテンツが提示されている順序が意味に影響を及ぼす場合には、正しく読む順序はプログラムによる解釈が可能である。 (レベル A)
1.3.3 感覚的な特徴: コンテンツを理解し操作するための説明は、形、大きさ、視覚的な位置、方向、又は音のような、構成要素が持つ感覚的な特徴だけに依存していない。 (レベル A)
ガイドライン 1.4 判別可能: コンテンツを、利用者にとって見やすく、聞きやすいものにすること。これには、前景と背景を区別することも含む
1.4.1 色の使用: 色が、情報を伝える、動作を示す、反応を促す、又は視覚的な要素を判別するための唯一の視覚的手段になっていない。 (レベル A)
(中略)
1.4.3 コントラスト (最低限) : テキスト及び文字画像の視覚的提示に、少なくとも 4.5:1 のコントラスト比がある。ただし、次の場合は除く: (レベル AA)
(中略)
1.4.4 テキストのサイズ変更: キャプション及び文字画像を除き、テキストは、コンテンツ又は機能を損なうことなく、支援技術なしで 200% までサイズ変更できる。 (レベル AA)
1.4.5 文字画像: 使用している技術で意図した視覚的提示が可能である場合、文字画像ではなくテキストが情報伝達に用いられている。ただし、次に挙げる場合を除く: (レベル AA)
(中略)
原則 2: 操作可能 – ユーザインタフェース コンポーネント及びナビゲーションは操作可能でなければならない。
(中略)
ガイドライン 2.4 ナビゲーション可能: 利用者がナビゲートしたり、コンテンツを探し出したり、現在位置を確認したりすることを手助けする手段を提供すること。
2.4.1 ブロックスキップ: 複数のウェブページ上で繰り返されているコンテンツのブロックをスキップするメカニズムが利用できる。 (レベル A)
2.4.2 ページタイトル: ウェブページには、主題又は目的を説明したタイトルがある。 (レベル A)
2.4.3 フォーカス順序: ウェブページが順を追ってナビゲートできて、そのナビゲーション順が意味又は操作に影響を及ぼす場合、フォーカス可能なコンポーネントは、意味及び操作性を損なわない順序でフォーカスを受け取る。 (レベル A)
2.4.4 リンクの目的 (コンテキスト内) : それぞれのリンクの目的が、リンクのテキスト単独で、又はリンクのテキストとプログラムによる解釈が可能なリンクのコンテキストから判断できる。ただし、リンクの目的がほとんどの利用者にとって曖昧な場合は除く。 (レベル A)
2.4.5 複数の手段: ウェブページ一式の中で、あるウェブページを見つける複数の手段が利用できる。ただし、ウェブページが一連のプロセスの中の1ステップ又は結果である場合は除く。 (レベル AA)
2.4.6 見出し及びラベル: 見出し及びラベルは、主題又は目的を説明している。 (レベル AA)
(中略)
原則 3: 理解可能 – 情報及びユーザインタフェースの操作は理解可能でなければならない。
ガイドライン 3.1 読みやすさ: テキストのコンテンツを読みやすく理解可能にすること。
3.1.1 ページの言語: それぞれのウェブページのデフォルトの自然言語がどの言語であるか、プログラムによる解釈が可能である。 (レベル A)
3.1.2 一部分の言語: コンテンツの一節、又は語句それぞれの自然言語がどの言語であるか、プログラムによる解釈が可能である。ただし、固有名詞、技術用語、言語が不明な語句、及びすぐ前後にあるテキストの言語の一部になっている単語又は語句は除く。 (レベル AA)
(中略)
原則 4: 堅牢 (robust) – コンテンツは、支援技術を含む様々なユーザエージェントが確実に解釈できるように十分に堅牢 (robust) でなければならない。
ガイドライン 4.1 互換性: 現在及び将来の、支援技術を含むユーザエージェントとの互換性を最大化すること。
4.1.1 構文解析: マークアップ言語を用いて実装されているコンテンツにおいては、要素には完全な開始タグ及び終了タグがあり、要素は仕様に準じて入れ子になっていて、要素には重複した属性がなく、どの ID も一意的である。ただし、仕様で認められているものを除く。 (レベル A)
4.1.2 名前 (name) ・役割 (role) 及び値 (value) : すべてのユーザインタフェース コンポーネント (フォームを構成する要素、リンク、スクリプトが生成するコンポーネントなど) では、名前 (name) 及び役割 (role) は、プログラムによる解釈が可能である。又、状態、プロパティ、利用者が設定可能な値はプログラムによる設定が可能である。そして、支援技術を含むユーザエージェントが、これらの項目に対する変更通知を利用できる。 (レベル A)
<余談 EPUB形式の録音図書>
少し話はそれますが、EPUB形式の録音図書についてです。WCAGは、以下のような要件もあります。
ガイドライン 1.2 時間依存メディア: 時間依存メディアには代替コンテンツを提供すること。
1.2.1 音声のみ及び映像のみ (収録済) : 収録済の音声しか含まないメディア及び収録済の映像しか含まないメディアは、次の事項を満たしている。ただし、その音声又は映像がメディアによるテキストの代替であって、メディアによる代替であることが明確にラベル付けされている場合は除く: (レベル A)
収録済の音声しか含まない場合:時間依存メディアに対する代替コンテンツによって、収録済の音声しか含まないコンテンツと同等の情報を提供している。
収録済の映像しか含まない場合: 時間依存メディアに対する代替コンテンツ又は音声トラックによって、収録済の映像しか含まないコンテンツと同等の情報を提供している。
1.2.2 キャプション (収録済) : 同期したメディアに含まれているすべての収録済の音声コンテンツに対して、キャプションが提供されている。ただし、その同期したメディアがメディアによるテキストの代替であって、メディアによる代替であることが明確にラベル付けされている場合は除く。 (レベル A)
(中略)
1.2.7 拡張音声解説 (収録済) : 前景音の合間が、音声解説で映像の意味を伝達するのに不十分な場合、同期したメディアに含まれているすべての収録済の映像コンテンツに対して、拡張音声解説が提供されている。 (レベル AAA)
上の要件については、以下のエントリを参照。
つまり、音声には聴覚障害等の理由で利用できない人のために代替となるテキストデータを提供するということが求められています。音声を主たるコンテンツとするEPUB形式の録音図書(目次データのみがテキスト)は、WCAG レベルAの要件を満たせないということになり、「アクセシブルなEPUB出版物」である要件は満たせません。
録音図書が、1.2.2などは満たすとまさにEPUB with Media Overlays(マルチメディアDAISY)になりますが、EPUB Accessibility 1.0は、録音図書を否定したり、録音図書をマルチメディアDAISY化することを求めているわけではありません。録音図書については、考え方を以下のように整理しています。
- WCAGは幅広いユーザーを対象とするので、録音図書のように、視角障害者に利用できても聴覚障害者に利用できないコンテンツは、WCAGの要件に適合しないということになる
- しかし、特定のユーザーに最適化されたEPUB出版物をEPUB Accessibility 1.0はを否定しない。
- その代わり、発見のメタデータの包含を提供することを重視し、豊富なアクセシビリティメタデータによって必要とする特定のターゲットに的確に発見されることを想定
- EPUB形式の録音図書は、「概要」に掲載した表で言うところの、「アクセシブルなEPUB出版物」にはなれないが、「発見可能なEPUB出版物」と「最適化されたEPUB出版物」にはなれる
6.2 EPUBのための追加要件
WCAGだけでは規定できないEPUB独自の要件として、ページナビゲーションとメディアオーバーレイに関して、以下のとおり規定しています(EPUB独自の要件といえば、TTSのサポートとしてSSMLやPLSなども他にも言及されてもよい要件は他にもいろいろあると思うが、ページナビゲーションとメディアオーバーレイ以外に言及はない)。
ページナビゲーション
以下の場合は、ページナビゲーションを提供するべき(should)。
- EPUB版とは別にページ数のあるバージョンの出版物(紙版の出版物等)がある場合
- 教育等で印刷版とEPUB版の両バージョンを併用することが想定されるとき
メディアオーバーレイ
メディアオーバーレイドキュメント(SMILドキュメント)内にあるる全ての「スキップ可能な構造(skippable structures)」と「回避可能な構造(escapable structures」を識別することを保証する。
※といっても、DAISY3のようにコンテンツに「スキップ可能な構造(skippable structures)」と「回避可能な構造(escapable structures」を設定するのではなく、EPUB3の場合は、メディア オーバーレイ要素の epub:type 属性によって提供されるセマンティクス(ここは、footnoteですよ、figureですよという情報)に基づいて、リーディングシステムがスキップ機能や回避機能を提供することを想定しているので、何をすればよいのだろうか。きちんとepub:type 属性によってセマンティクスを提供するということだろうか。
7. 最適化(規格またはガイドライン識別)の要件
EPUB Accessibility 1.0 の「最適化(規格またはガイドライン識別)の要件」では、適合している規格、ガイドラインを識別するための情報を dcterms の conformsTo プロパティで提供することが必須(must)とされている。なお、WCAGもその対象になるが、WCAGだけは、「最適化(規格またはガイドライン識別)の要件」ではなく、「アクセシビリティの要件」として整理されている。
詳細は、以下のエントリにまとめたのでそちらを参照。
8. 配信(提供)にあたっての要件
デジタル著作権管理(DRM)
EPUB 出版物に適用される場合、製作者は、支援技術によるアクセスを阻害する制限を課してはならない(must not)。
配信業者に提供するメタデータ
配信業者に提供するメタデータについても、その形式でアクセシビリティメタデータが提供できるならば、(配信業者が求めなくても)アクセシビリティメタデータを提供しなくてはならない(must)。
これも詳細は、以下のエントリにまとめたのでそちらを参照。
9. おまけ
EPUB Accessibility 1.0 はあくまでコンテンツに対する要件をスコープとしているが、補論として配信システムとリーディングシステムの要件も提示しています。
配信システムの要件
- ユーザーインターフェイスは、[WCAG 2.0] レベル AA に適合しなければならない(must)。
- 利用可能なアクセシビリティ メタデータによって、検索結果を絞り込む機能を提供しなければならない(must)。
リーディングシステムの要件
- 全ての [A11Y Test Suite] の基本的なアクセシブル リーディング システムのテストを合格しなければならない(must)。
- User Agent Accessibility Guidelines (UAAG) 2.0レベル AA 適合性の要件を満たすべきである(should)。
※2018/09/02追記
ドキュメントへのリンクが古くなっていたので、修正しました。