このブログ記事はWeb Accessibility Advent Calendar 2017の14日目の記事です。
2017年というと、年明け早々にIDPFからの1月5日付けでEPUBの公式のアクセシビリティ仕様であるEPUB Accessibility 1.0が公開されました(ちなみに同じ月の1月31日にIDFPはW3Cと統合)。この EPUB Accessibility 1.0 では、EPUB 自身にアクセシビリティに関するメタデータ(以下「アクセシビリティメタデータ」)を包含させ、コンテンツのアクセシビリティに関する情報をユーザーに提供することを最低限満たすべき要件としています。アクセシビリティメタデータの提供を最優先とする考え方もそうですが、Schema.orgに由来する提供するアクセシビリティメタデータの考え方も個人的に深く共感するところがあったので、個人的に今年一番注目していた仕様でした。
今回は、2017年の締めくくりとして、EPUB(ウェブコンテンツだから、広い意味でウェブアクセシビリティの範疇ということで)を中心にアクセシビリティメタデータの話をしたいと思います。
目次
アクセシビリティメタデータを提供することの意義
アクセシビリティメタデータを提供する意義は、具体的には以下の2つがあると考えています。
- ユーザーが自分の能力でそのコンテンツが利用できるものかどうかをメタデータから判断することができる。逆にいえば、利用できないコンテンツをメタデータを確認する段階で選択肢から排除することができる。
- ユーザーが自分の能力で利用できるコンテンツに絞り込んで検索できることができる(メタデータがコンテンツへのリーチを担保する基盤になる)
上の2つを一言で表すなら、「対象の”discovery”(発見可能性)を担保する」という言葉でまとめられるでしょうか。
1については、以前、アマゾンを取り上げて、以下のエントリで書いた事があります。
2のコンテンツへのリーチの話も、1と同じくらい、あるいはそれ以上に重要です。アクセシビリティメタデータが適切に提供されていないと、他のコンテンツに埋もれてしまい、本当に必要とする人にそのコンテンツへのリーチを担保することができません。1つ1つのコンテンツをアクセシブルに制作して、アクセシブルなコンテンツを総量として増やしてくことは、もちろん重要なことです。しかし、見つけられないコンテンツはそのユーザーにとって存在しないと同義ですので、必要とする人が既存のコンテンツを利用できるようにすることも、ユーザーの選択肢を増やすという意味においては同程度以上に重要です。コンテンツへのリーチを担保する基盤として、アクセシビリティメタデータの提供は非常に重要だと考えています。
「障害者向け資料」とそれ以外の資料へのリーチの現状
少しEPUBから離れますが、アクセシビリティメタデータの周辺の話として、いわゆる「障害者向けの資料」へのリーチの現状を少し紹介します。
いわゆる障害者の利用を想定して制作された資料(電子データ含む)というものがあります。点字資料、録音図書、拡大図書、布の絵本、マルチメディアデイジー、LLブックなどです。便宜上、「障害者向け資料」という言葉を用います。
国内で障害者向け資料をもっとも広い範囲で検索できるのが、おそらく国立国会図書館サーチ障害者向け資料検索です。この検索サービスで検索できる書誌件数は、現在、83万件ほど。ちなみに国立国会図書館の全蔵書数が約4188万点、それを図書、雑誌、新聞という資料種に限定しても約2778万点です。若干大雑把な計算ですが、いわゆる健常者が利用できる資料点数として、4188万点や2778万点を母数とすると、国立国会図書館サーチ障害者向け資料検索で検索できる83万点という数字は、健常者が利用できる資料の2%から3%ほどにすぎないということになり、決して多くはありません。その最大の理由は、そもそも障害者向け資料が少ないということにありますが、点字図書・録音図書全国総合目録やサピエ図書館などのように、障害者向け資料に特化したデータベースに収録されたものか、点字図書、録音図書などのように、資料のジャンル(あるいは分類)で特定できるものくらいしか、検索サービスの検索対象として拾うことができないということもあります(また、現状、国立国会図書館サーチも全てのジャンルの障害者向け資料を検索できるわけではありません。布の絵本やLLブックなど、検索できないジャンルもあります)。
障害者の利用に特化したものでなくても、一般に流通しているもので、障害者が利用できる資料は多くあります。しかし、現時点では、アクセシビリティメタデータがきちんと提供されておらず、多大な資料群に埋もれてしまっているため、障害者がこの中から自分が利用できるものを探し出すことは、かなり困難だと思います。
例えば、DVDです。最近では、普通に販売されるDVDに視覚障害者向けの音声解説や聴覚障害者向けの日本語字幕が付いているものが増えてきています。特にテレビ放送での聴覚障害者向け字幕放送が増えてきているということもあり、「聴覚障害者向け」と書いていなくも、実際は聴覚障害者向けとなっている日本語字幕のついたDVDがかなりの割合で出てきているように感じています。その一部は「特定非営利活動法人メディア・アクセス・サポートセンターのサイトで検索することも実は可能なのですが、網羅されているものではありませんし、普通に発売されているDVDなので、アマゾンや図書館のデータベースなどで検索する段階でそういう情報がほしいところですが、なかなかありません。メタデータに記述があっても、「バリアフリー再生機能:音声ガイダンス/バリアフリー日本語字幕」とあるものもあったり、単に「日本語字幕」とかいてあるだけであったり、表記がバラバラなので、検索のキーとして使用ことができません。
以上のようなこともあり、実際に資料を探す場合には、点字図書、録音図書などのような「障害者向け資料」のジャンルによって検索範囲を絞らざるを得ないところもあります。
EPUB のアクセシビリティメタデータ
障害のある人も含めて多くの人が利用できる可能性のあるコンテンツとして現在進行形で量として急速に増え、アクセシビリティメタデータの提供が急務になっているのが、電子書籍です。そして、電子書籍フォーマットのEPUBについては、2017年に出た EPUB Accessibility 1.0 でアクセシビリティメタデータを提供することが要件として規定さました。EPUB Accessibility 1.0 とこの仕様が提供を求めるアクセシビリティメタデータについては、以下でまとめたことがありますので、詳しくは以下をご参照ください。
EPUB Accessibility 1.0 でEPUBに含むことを求められるアクセシビリティメタデータは端的にいって
- そのコンテンツを利用するには、どのような機能を読者が備えている必要があるのか。
- アクセシビリティのためにそのコンテンツはどのような機能や配慮がなされているのか
という観点からメタデータを記述するようになっています。
EPUB というコンテンツにアクセシビリティメタデータが含まれるということは、コンテンツを知悉しているはずのコンテンツ制作者がアクセシビリティメタデータをEPUBというコンテンツを通じて提供するということを意味します。EPUB がアクセシビリティメタデータが持つだけでは意味がなく、コンテンツをユーザーに提供するアマゾンなどのサービスプロバイダが、検索などに活用されるところに至らないといけませんが、その大前提として制作される段階で制作者が個々のEPUBについてアクセシビリティの要素を判断して、メタデータを提供するというフローがあることが重要です。
だれでもない、自分が今、読むことができるコンテンツを探せることが重要
上で「障害者向け資料」の資料のジャンルの話をしましたが、読書に困難な理由は非常に様々で診断書に名前がのるような明確なものとも限りませんし、読書に困難を感じても本人が障害そのものを自覚していない可能性があります。自分の障害の特性を理解し、かつ、点字資料、録音図書、拡大図書、マルチメディアDAISYのような資料の特徴の理解した上で資料のジャンルから、自分が利用できるもの選ぶということはかなり難しいことです。
また、「障害者」と「健常者」という言葉を便宜上使用しましたが、いわゆる「健常者」でも一時的な状況下において、読みたくても読めない状況はだれでもあるはずです。暗いので読めない、両腕がふさがっているので本が持てない、満員電車で本を拡げることができないという状況などです。私も子どもがまだ小さく、家の中が騒がしくてテレビなどがとても観れたののではないので、よく聴覚障害者向けに提供されている字幕を表示させるということを普通にやっています。アクセシビリティを必要とする人と環境の境はとてもあいまいです。
ユーザーにはメタデータの提供を通じて、資料のジャンルだけではなく、さらに一歩踏み込んで、コンテンツ1点1点に対してアクセシビリティの観点からどのような性質を持つものかという情報を提供し、ユーザーが自分の能力、置かれた状況を勘案して利用の可否を判断することができる情報の提供が必要だと感じていましたが、EPUBアクセシビリティメタデータの考え方はまさにそれです。
こういう情報が広い範囲で提供できるようになったら、「障害者向け」とそうでない資料の区別なく、広い範囲から自分が利用できるコンテンツを探し出すことができます。繰り返しになりますが、見つけられないコンテンツはそのユーザーにとって存在しないと同義です。障害者向け資料とそうでない資料は、数において後者が圧倒的に多いのですから、その1%でも利用できることがわかれば、選択肢が大幅に広がります。1つ1つのコンテンツをアクセシブルに制作して、アクセシブルなコンテンツを総量として増やしてくことも重要ですが、既存のコンテンツを利用できるようにすることも、ユーザーの選択肢を増やすという意味においては同程度以上に重要です。
私が知る限り、国内ではこれまでアクセシビリティメタデータの議論はあまりされてはいない印象でしたが、今年は、Advanced Publishing Laboratory Accessibility WGの場において、EPUB についてアクセシティメタデータの議論も行われるようになりました。議論の内容もさることながら、議論される事自体が画期的かもしれません。来年以降はこの動きが他にも広がることを期待しています。
明日12月15日は、kobatatakayuki さんの記事です。