東京都立図書館の『特別支援学校での読み聞かせ 都立多摩図書館の実践から』

 平成25年4月なので、もう5年前の話ですが、特別支援学校及び特別支援学級を有する小中学校を支援するために東京都立多摩図書館が8年間、特別支援学校図書館で行ってきた読み聞かせの経験をまとめた冊子を公開しています。
 

 知的障害、肢体不自由、聴覚障害、視覚障害のある子どもたちへの読みかせについて、1つ1つ本を紹介しながら、この本はこう読んだら子どもたちからあのような反応があった、どう見せてあげれば子どもたちは喜ぶのか、などなど経験に基づいた具体的なノウハウが76ページにわたって、まとめられています。ここに書かれているノウハウは内部で職員同士が口頭や場を共有することではじめて伝えられるような具体的なものだと思います。文字化して公開したこと、すごいことだと思います。

大学図書館の「障害者サービス」について思うこと

 大学図書館では、障害者サービスがあまり積極的に取り組まれてないという話をたまに耳にします。大学図書館関係者自身からも「あまりきちんとやれてない」ということを言われることがあります。しかし、そういう話を聞く都度、「本当にそうなのかなぁ?そういう捉え方でよいのかなぁ?」と疑問に感じるところがあります。障害のある学生が大学におり、学生も大学生活を送る上で図書館を利用することは不可欠ですので、全くやれていないということはないのではないかと。あくまでわずかなデータとわずかな見聞を元に推測を重ねたものにすぎませんが、少し自身のもやもやをまとめてみたいと思います。最後にも述べましたが、大学図書館関係者に意見を聞きたい。
 

図書館の障害者サービスとは

そもそも前提として図書館の障害者サービスとは、という話です。障害者サービスは、「図書館利用に障害のある人々へのサービス」と呼ばれ、
全ての人に全ての図書館資料とサービスを提供する
という図書館の根幹ともいえる役割の「全ての人に」部分を担保する基幹サービスとされています。対象は図書館利用に障害がある人ですので、必ずしも「障害者」に限定されません。しかし、見方を変えると、そのサービスの範囲は、「図書館利用」の範囲に完結しているともいえます。
 
 また、上の意味での「障害者サービス」は、歴史的に公共図書館から端を発していると言えると思いますが、以下のエントリでもわかるように、公共図書館における障害者サービスは、対面朗読や録音図書、点字資料の製作など歴史的に視覚障害者に対するサービスから始まっています。これらのサービスも現在は、多くの図書館で視覚障害者だけではなく、読書に困難な者に対象を拡大していますが、図書館の障害者サービスにおいて、視覚障害者へのサービスから端を発したこれらのサービスの重要性は変わっていません。印刷物などの通常の図書館資料をそのままの形態では利用できない利用者に対して、代替となる資料を提供したり、製作したり、対面朗読などの代替手段を提供するというのが中心ではないかと思います。

  

「障害学生支援」というコンテキスト

 大学には、障害のある学生に対して大学全体として取り組むべき修学支援(以下「障害学生支援」)というコンテキストがあります。その支援対象範は、ここでは「障害のある学生の修学支援に関する検討会報告(第二次まとめ)」を引用しますが、以下の通り、障害学生支援の対象範囲は、学生生活全般が対象と非常に幅広く、大学図書館の利用は、この中のほんの一部であることがわかります。

(検討対象とする学生の活動の範囲)
入学,学級編成,転学,除籍,復学,卒業に加え,授業,課外授業,学校行事,課外活動(サークル活動等を含む)への参加,就職活動等,教育に関する全ての事項
上記とは直接に関係しない学生の活動や生活面への配慮(通学,学内介助(食事,トイレ等),寮生活等)に関する事項
障害のある学生の修学支援に関する検討会報告(第二次まとめ)について

 障害学生支援の場合は、障害学生支援室のような学生支援部局が中心になって、大学全体で取り組まれています(学生支援部局が孤軍奮闘している大学も多いですが)。障害学生に対する支援が積極的な大学ほど、その学生支援部局の体制も整備されていますが、「大学全体」には、当然、大学図書館も含まれており、図書館利用の範囲を超える上の範囲について、大学の一部局として支援を担うことも求められています。障害学生支援のコンテキストで、学生支援部局が上のような広い範囲の支援を主体的に担う中で、大学図書館単体だけで「支援」や「サービス」をきれいに切り出すことがなかなか難しいかもしれません。
 大学図書館における「障害学生支援」は、公共図書館における図書館の障害者サービスと重なるところは多々あると思いますが、重ならない部分も多くあると思います。例えば、「図書館利用」の範疇を超える部分についてです。図書館利用に直接関係しないけど、学生の活動や生活面への配慮が必要な場面では大学図書館職員が対応をする場面もあるのではないかという気も。例えば、図書館利用とは関係のなく、図書館のトイレを利用したい学生のための介助とか、あるいは、キャンパス内の建物の移動支援とか。
 障害者サービスのコンテキストで聞くと出てこない事例も、もしかすると障害学生支援の文脈で聞くと事例が出てくるかもしれません。だから、大学図書館は「障害者サービス」というよりは、「障害学生支援」というコンテキストで見ないといけないのではないかと。
 

大学に在学する障害学生の状況

 日本学生支援機構が毎年、全国の大学を対象に障害学生支援に関する質問紙調査「障害のある学生の修学支援に関する実態調査」を実施しており、それによって全国の大学の障害のある学生の状況がわかります。現在、調査結果が公開されている最新の平成29年度(2017年度)の調査結果では、2017年5月1日現在で全国の大学に障害のある学生が31,204人が在学していることが分かります。障害種別の内訳は以下の図のとおり。

障害別障害学生数(平成27年度から平成29年度)
  平成29年度 平成28年度 平成27年度
視覚障害 831人(2.7%) 790人(2.9%) 757人(3.5%)
聴覚・言語障害 1,951人(6.3%) 1,917人(7.0%) 1,733人(8.0%)
肢体不自由 2,555人(8.2%) 2,659人(9.8%) 2,544人(11.7%)
病弱・虚弱 10,443人(33.5%) 9,388人(34.4%) 6,457人(29.8%)
重複 462人(1.5%) 393人(1.4%) 374人(1.7%)
発達障害(診断書有) 5,174人(16.6%) 4,148人(15.2%) 3,436人(15.8%)
精神障害 8,289人(26.6%) 6,776人(24.9%) 5,888人(27.1%)
その他の障害 1,499人(4.8%) 1186人(4.3%) 514人(2.4%)

 
 
 圧倒的に多いのは、病弱・虚弱10,443人(33.5%)で、精神障害 8,289人(26.6%)、発達障害(診断書有) 5,174人(16.6%) と続きます。視覚障害のある学生は831人(2.7%)にすぎません。利用者層が異なれば、求められるサービスが異なるので、公共図書館で行われているサービスをそのまま当てはめて判断してはいけないのではないか。
 公共図書館の障害者サービス利用者層と異なり、対面朗読や代替資料などを必要とする学生の数はどちらかという少数派で、合理的配慮の提供(運用で対応可能な個別の支援といいましょうか。)や障害の学生に接する際の必要な配慮を払うなどが主たる支援になり得てしまう層が多いかもしれません(プリント・ディスアビリティの範囲はとても広いので、あくまで「かもしれません」ですが)。
 「サービス」という言葉は、不特定多数を対象に一律に提供するというイメージがありますが、合理的配慮の提供や個々の学生に応じた接遇上の配慮などは個別具体的な対応になりますので、サービスと言う言葉に馴染みません。個々の利用者に対して個別に対応している場合、職員にとってもサービスを提供しているという意識がないかもしれません。例えば、車イスの学生が図書館を利用しようとしたとして、段差を乗り越えられない場合は、職員等が支援すると思いますが、そういう支援などはサービスというより、日常的に行っているものではないかなと思うのです。
 公共図書館の障害者サービスの視点からは、「できてない」という認識を大学図書館関係者自身が持っていても、実は個々の利用者に対しては、運用で個別に配慮や支援を行っていているということもあるかもしれません。
 いずれにしても、同じ障害者といっても、視覚障害者の利用者が多い公共図書館とは、利用者層が相当異なると思われますので、積み上がっている事例も公共図書館と大学図書館でだいぶ違うはず。結果として、公共図書館との比較で障害者サービスを見ると、できてないという意識をもってしまうかもしれない。
 

個々の学生と顔の見えた関係になっているのではないか

 全国に在学する障害のある学生総数2万7千人は、一見大きな数字ですが、大学ごとのに障害のある学生の数は、かなり少ないので、職員とその学生で顔が見えている関係が出来上がっているケースも多いのではないかと思う。
 上述のように、「サービス」というと、不特定多数と対象としたものをイメージしますが、A君にはこういう配慮が必要ねとか、B君は、こういうところで階段を登るところで、少し手伝ってあげる必要があるね、とか、個々の学生に対して、顔の見える関係が出来上がっていれば、サービスとして行っているという意識もなく、また、もしかすると、個と個の関係になって、障害者に対する対応という意識すらない場合もあるかもしれません(私自身も経験がありますが、個と個の近い関係になると、「障害者」というちょっと一歩引いた抽象的な意識を相手に持たないこともあるかも)。大学図書館の職員が個々の学生について、特に「障害学生支援」とか「障害者サービス」という片意地はらず、自然に支援しているということはないだろうか(という気も)。
 
 
 以上、つらつらと私が感じていることを書いてみましたが、実際のところどうなのかは、大学図書館関係者に意見を聞きたい。もし上の通りなら、もっと自信を持ってもいいのではないかという気も。
  
※2018年8月3日追記
 「大学に在学する障害学生の状況」では、もともと平成28年度の「障害のある学生の修学支援に関する実態調査」報告書の数値を掲載していましたが、平成29年度「障害のある学生の修学支援に関する実態調査」報告書が公開されたタイミングで、平成28年度調査を含む過去の調査報告書の数値に修正が入りましたので、本エントリもこのタイミングで平成29年度調査の数値に置き換えることにいたしました。平成29年度調査については、以下のエントリもご参照ください。

盲人、視覚障害者その他の印刷物の判読に障害のある者が発行された著作物を利用する機会を促進するためのマラケシュ条約(略称:視覚障害者等による著作物の利用機会促進マラケシュ条約)

盲人、視覚障害者その他の印刷物の判読に障害のある者が発行された著作物を利用する機会を促進するためのマラケシュ条約(略称:視覚障害者等による著作物の利用機会促進マラケシュ条約)の締結について、2018年3月29日に衆議院で同年4月25日に参議院で承認され、条約の批准における「国会承認」という重要な段階を通過しました。政府が訳した条文が外務省のホームページに公開されています。

※2018/11/18追記
 日本政府が10月1日に加入手続きを行いましたので、2019年1月1日からマラケシュ条約は、日本において発効することになります。
日本・欧州連合(EU)がマラケシュ条約を批准 | カレントアウェアネス・ポータル
 しかし、現在、PDF形式、しかも、縦書きのものしか公開されておらず、国会に承認を得るための文書としてはこの書式なのでしょうが、PCやスマホ上で読むには、大変読みづらい。障害者権利条約のようにいずれHTML版も公開されると思いますが、それまで、HTMLで読めるようにとりあえず以下に転載。
 
 

視覚障害者等による著作物の利用機会促進マラケシュ条約(政府日本語訳)

盲人、視覚障害者その他の印刷物の判読に障害のある者が発行された著作物を利用する機会を促進するためのマラケシュ条約(略称:視覚障害者等による著作物の利用機会促進マラケシュ条約

前文

 締約国は、
 世界人権宣言及び国際連合の障害者の権利に関する条約において宣明された無差別、機会の均等、施設及びサービス等の利用の容易さ並びに社会への完全かつ効果的な参加及び包容の原則を想起し、
 視覚障害者その他の印刷物の判読に障害のある者の完全な発達を害している諸課題に留意し、また、その諸課題により、これらの者が、他の者との平等を基礎としてあらゆる種類の情報及び考えを求め、受け、及び伝える自由を含む表現の自由(自ら選択するあらゆる形態の意思疎通によるものを含む。)、教育を受ける権利の享受並びに研究を実施する機会について制限されていることに留意し、
 文学的及び美術的著作物の創作を促進し、及びその創作に報酬を与えるものとして著作権の保護が重要であること並びに視覚障害者その他の印刷物の判読に障害のある者を含む全ての者が地域社会の文化的な生活に参加し、芸術を享受し、並びに科学の進歩及びその利益を共有するための機会を増大させることが重要であることを強調し、
 社会における機会の均等を達成するに当たり視覚障害者その他の印刷物の判読に障害のある者が発行された著作物を利用することに対する障壁を認識し、また、利用しやすい様式の著作物の数を増大させること及びこれらの著作物の流通を改善することの双方の必要性を認識し、
 視覚障害者その他の印刷物の判読に障害のある者の多数が開発途上国及び後発開発途上国において生活していることを考慮し、
 各国の著作権法における相違にかかわらず、強化された国際的な法的枠組みにより、新たな情報通信技術が視覚障害者その他の印刷物の判読に障害のある者の生活に及ぼす肯定的な影響を増大させることができることを認め、
 多くの加盟国が視覚障害者その他の印刷物の判読に障害のある者のために自国の著作権法において制限及び例外を定めているが、これらの者にとって利用しやすい様式の複製物の形態で利用可能な著作物が引き続き不足していること、これらの者のために著作物を利用しやすいものとする当該加盟国の努力に相当の資源が必要とされること及び利用しやすい様式の複製物の国境を越える交換ができないためにこれらの努力の重複が生じていることを認め、
 著作物を視覚障害者その他の印刷物の判読に障害のある者のために利用しやすいものとするに当たり権利者が果たす役割が重要であること並びに著作物を視覚障害者その他の印刷物の判読に障害のある者のために利用しやすいものとするための適当な制限及び例外が特に市場がそのような利用の機会を提供することができない場合には重要であることの双方を認め、
 著作者の権利の効果的な保護と一層広範な公共の利益(特に、教育、研究及び情報の利用)との間の均衡を保つ必要があること並びにそのような均衡が視覚障害者その他の印刷物の判読に障害のある者のために著作物を利用する効果的な及び適時の機会を促進しなければならないことを認め、
 著作権の保護に関する既存の国際条約に基づく締約国の義務並びに文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約第九条(2)その他の国際文書に定める制限及び例外に関するスリー・ステップ・テストの重要性及び柔軟性を再確認し、
 世界知的所有権機関の一般総会により二千七年に採択され、開発に関する考慮が同機関の活動の不可分の一部を成すことを確保することを目的とする開発のためのアジェンダの勧告の重要性を想起し、
 国際的な著作権制度の重要性を認め、また、視覚障害者その他の印刷物の判読に障害のある者が著作物を利用する機会を促進し、及びこれらの者による著作物の利用を容易にするために制限及び例外について調和を図ることを希望して、
 次のとおり協定した。

第一条 他の条約との関係

この条約のいかなる規定も、締約国が他の条約に基づいて相互に負う義務を免れさせるものではなく、また、締約国が他の条約に基づいて有する権利に影響を及ぼすものではない。

第二条 定義

 この条約の適用上、
 (a) 「著作物」とは、発行されているか又は他のいかなる媒体において公に利用可能なものとされているかを問わず、文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約(以下「ベルヌ条約」という。)第二条(1)に規定する文学的及び美術的著作物であって文字、記号又は関連する図解の形式によるものをいう。
 (b) 「利用しやすい様式の複製物」とは、受益者に著作物を利用する機会(視覚障害その他の印刷物を判読する上での障害のない者と同様に実行可能かつ快適な利用の機会を含む。)を与える代替的な方法又は形式による当該著作物の複製物をいう。利用しやすい様式の複製物は、専ら受益者によって利用されるものであり、また、代替的な様式で著作物を利用しやすいものとするために必要とされる変更及び利用の容易さについての受益者のニーズを十分に考慮した上で、原著作物の完全性を尊重するものでなければならない。
 (c) 「権限を与えられた機関」とは、政府により、受益者に対して教育、教育訓練、障害に適応した読字又は情報を利用する機会を非営利で提供する権限を与えられ、又は提供することを認められた機関をいう。この機関には、主要な活動又は制度上の義務の一として受益者に同様のサービスを提供する政府機関及び非営利団体を含む。
権限を与えられた機関は、次のことを行うための実務の方法を確立し、これに従う。
  (i) 当該権限を与えられた機関によるサービスの提供の対象者が受益者であることを確認すること。
  (ii) 当該権限を与えられた機関が利用しやすい様式の複製物を受益者又は権限を与えられた機関にのみ譲渡し、及び利用可能とすること。
  (iii) 許諾されていない複製物の複製、譲渡及び利用可能化を防止すること。
  (iv) 第八条の規定に従って受益者のプライバシーを尊重しつつ、当該権限を与えられた機関が継続的に著作物の複製物の取扱いについて十分な注意を払い、及び記録すること。
 

第三条 受益者

 受益者は、他の障害の有無を問わず、次のいずれかに該当する者である。
 (a) 盲人である者
 (b) 視覚障害又は知覚若しくは読字に関する障害のある者であって、そのような障害のない者の視覚的な機能と実質的に同等の視覚的な機能を与えるように当該障害を改善することができないため、印刷された著作物を障害のない者と実質的に同程度に読むことができないもの
 (c) (a)及び(b)に掲げる者のほか、身体的な障害により、書籍を持つこと若しくは取り扱うことができず、又は読むために通常受入れ可能な程度に目の焦点を合わせること若しくは目を動かすことができない者

第四条 利用しやすい様式の複製物に関する国内法令上の制限及び例外

1(a) 締約国は、受益者のために著作物を利用しやすい様式の複製物の形態で利用可能とすることを促進するため、自国の著作権法において、著作権に関する世界知的所有権機関条約に定める複製権、譲渡権及び公衆の使用が可能となるような状態に置く権利の制限又は例外について定める。国内法令に定める制限又は例外については、著作物を代替的な様式で利用しやすいものとするために必要な変更を認めるものとすべきである。
 (b) 締約国は、受益者が著作物を利用する機会を促進するため、公に上演し、及び演奏する権利の制限又は例外を定めることができる。
2 締約国は、自国の著作権法において次の(a)及び(b)に規定する制限又は例外を定めることにより、1に規定する全ての権利について1の規定を実施することができる。
 (a) 権限を与えられた機関は、次の全ての要件が満たされる場合には、著作物について、その著作権者の許諾を得ることなく、利用しやすい様式の複製物を作成すること、利用しやすい様式の複製物を他の権
限を与えられた機関から入手すること及びあらゆる手段(非商業的な貸与及び有線又は無線の方法による電子的な伝達を含む。)により受益者にこれらの複製物を提供すること並びにこれらの目的を達成す
るためにあらゆる中間的な措置をとることが認められる。
  (i) この(a)に規定する活動を行うことを希望する権限を与えられた機関が、当該著作物又はその複製物を合法的に利用する機会を有していること。
  (ii) 当該著作物が利用しやすい様式の複製物に変換されていること。その変換については、利用しやすい様式において情報を認識するために必要な手段を含めることができるが、当該著作物を受益者にとって利用しやすいものとするために必要な変更以外の変更をもたらさないものとする。
  (iii)  (ii)に規定する利用しやすい様式の複製物が専ら受益者によって利用されるよう提供されること。
  (iv) この(a)に規定する活動が非営利で行われること。
 (b) 受益者又は当該受益者のために行動する者(主たる介護者を含む。)は、当該受益者が著作物又はその複製物を合法的に利用する機会を有する場合には、当該受益者の個人的な利用のために当該著作物の利用しやすい様式の複製物を作成することができ、又はその他の方法により当該受益者が利用しやすい様式の複製物を作成し、及び利用することを支援することができる。
3 締約国は、第十条及び第十一条の規定に基づいて自国の著作権法において他の制限又は例外を定めることにより、1の規定を実施することができる。
4 締約国は、この条の規定に基づく制限又は例外を、自国の市場において受益者が特定の利用しやすい様式では妥当な条件により商業的に入手することができない著作物に限定することができる。この4の規定を用いる締約国は、この条約の批准、受諾若しくは加入の時に、又はその後いつでも、世界知的所有権機関の事務局長に寄託する通告において、その旨を宣言する。
5 この条の規定に基づく制限又は例外を報酬の対象とするか否かは、国内法令の定めるところによる。

第五条 利用しやすい様式の複製物の国境を越える交換

1 締約国は、利用しやすい様式の複製物が制限若しくは例外に基づいて又は法令の実施によって作成される場合には、権限を与えられた機関が、当該利用しやすい様式の複製物を他の締約国の受益者若しくは権限を与えられた機関に譲渡し、又は他の締約国の受益者若しくは権限を与えられた機関の利用が可能となるような状態に置くことができることを定める。
2 締約国は、自国の著作権法において次の(a)及び(b)に規定する制限又は例外を定めることにより、1の規定を実施することができる。ただし、これらの制限又は例外は、権限を与えられた機関が、次の(a)又は(b)の規定により譲渡し、又は利用可能化を行う前に、利用しやすい様式の複製物が受益者以外の者のために利用されるであろうことを知らなかった場合又は知ることができる合理的な理由を有しなかった場合に限る。
(a) 権限を与えられた機関は、権利者の許諾を得ることなく、専ら受益者による利用のために、利用しやすい様式の複製物を他の締約国の権限を与えられた機関に譲渡し、又は他の締約国の権限を与えられた機関の利用が可能となるような状態に置くことが認められる。
(b) 権限を与えられた機関は、権利者の許諾を得ることなく、かつ、第二条の規定に従い、利用しやすい様式の複製物を他の締約国の受益者に譲渡し、又は他の締約国の受益者の利用が可能となるような状態に置くことが認められる。
3 締約国は、4、第十条及び第十一条の規定に基づいて自国の著作権法において他の制限又は例外を定めることにより、1の規定を実施することができる。
4(a) 締約国の権限を与えられた機関が1の規定に基づいて利用しやすい様式の複製物を譲り受け、及び当該締約国がベルヌ条約第九条の規定に基づく義務を負っていない場合には、当該締約国は、自国の法律上の制度及び慣行に従い、当該利用しやすい様式の複製物が当該締約国の管轄内で受益者のためにのみ複製され、譲渡され、又は利用が可能となるような状態に置かれることを確保する。
 (b) 締約国が著作権に関する世界知的所有権機関条約の締約国である場合又は締約国がこの条約を実施するための譲渡権及び公衆の利用が可能となるような状態に置く権利の制限及び例外を、著作物の通常の利用を妨げず、かつ、権利者の正当な利益を不当に害しない特別な場合に限定する場合を除くほか、権限を与えられた機関が1の規定に基づいて行う利用しやすい様式の複製物の譲渡及び利用可能化は、当該締約国の管轄内に限定される。
 (c) この条のいかなる規定も、何が譲渡の行為又は公衆の利用が可能となるような状態に置く行為に該当するかについての決定に影響を及ぼすものではない。
5 この条約のいかなる規定も、権利の消尽に関する問題を取り扱うために用いてはならない。

第六条 利用しやすい様式の複製物の輸入

締約国の国内法令は、受益者、受益者のために行動する者又は権限を与えられた機関が著作物の利用しやすい様式の複製物を作成することを認める範囲において、これらの者が権利者の許諾を得ることなく受益者のために利用しやすい様式の複製物を輸入することを認めるものとする。

第七条 技術的手段に関する義務

 締約国は、効果的な技術的手段の回避を防ぐための適当な法的保護及び効果的な法的救済について定める場合には、受益者が当該法的保護によりこの条約に定める制限及び例外を享受することを妨げられないことを確保するため、必要に応じて適当な措置をとる。

第八条 プライバシーの尊重

 締約国は、この条約に定める制限及び例外の実施に当たり、他の者との平等を基礎として受益者のプライバシーを保護するよう努める。

第九条 国境を越える交換を促進するための協力

1 締約国は、権限を与えられた機関が相互に特定することを支援するための情報の自発的な共有を奨励することにより、利用しやすい様式の複製物の国境を越える交換を促進するよう努める。世界知的所有権機関国際事務局は、このため、情報の入手先を設ける。
2 締約国は、第五条の規定に基づく活動を行う自国の権限を与えられた機関が、各国の権限を与えられた機関の間で情報を共有すること並びに適当な場合には当該締約国の権限を与えられた機関の方針及び実務の方法に関する情報(利用しやすい様式の複製物の国境を越える交換に関するものを含む。)を利害関係者及び公衆にとって利用可能なものとすることの双方により、第二条(c)に規定する実務の方法に関する情報を利用可能なものとすることについて、支援することを約束する。
3 世界知的所有権機関国際事務局は、利用可能な場合には、この条約の実施に関する情報を共有するよう要請される。
4 締約国は、この条約の目的及び趣旨を実現するための各国の努力を支援するために国際協力及びその促進が重要であることを認める。

第十条 実施に関する一般原則

1 締約国は、この条約の適用を確保するために必要な措置をとることを約束する。
2 この条約のいかなる規定も、締約国が自国の法律上の制度及び慣行の範囲内でこの条約を実施するための適当な方法を決定することを妨げるものではない。
3 締約国は、受益者のための制限若しくは例外、他の制限若しくは例外又はこれらの組合せにより、自国の法律上の制度及び慣行の範囲内で、この条約に基づく権利を行使し、及びこの条約に基づく義務を履行することができる。これらの制度及び慣行には、受益者のニーズを満たす公正な慣行、取引又は利用についての当該受益者の利益となる司法上、行政上又は規制上の決定であって、ベルヌ条約、他の国際条約及び次条の規定に基づく締約国の権利及び義務に適合するものを含めることができる。

第十一条 制限及び例外に関する一般的義務

 締約国は、この条約の適用を確保するために必要な措置をとるに当たり、次の(a)から(d)までの規定に従い、当該締約国が、ベルヌ条約、知的所有権の貿易関連の側面に関する協定及び著作権に関する世界知的所有権機関条約(これらの条約の解釈に関する合意を含む。)に基づいて有する権利を行使することができ、並びにこれらの条約に基づいて負う義務を履行する。
 (a) 締約国は、ベルヌ条約第九条(2)の規定に従い、複製が著作物の通常の利用を妨げず、かつ、その著作者の正当な利益を不当に害しないことを条件として、特別な場合について当該著作物の複製を認めることができる。
 (b) 締約国は、知的所有権の貿易関連の側面に関する協定第十三条の規定に従い、排他的権利の制限又は例外を、著作物の通常の利用を妨げず、かつ、権利者の正当な利益を不当に害しない特別な場合に限定する。
 (c) 締約国は、著作権に関する世界知的所有権機関条約第十条(1)の規定に従い、著作物の通常の利用を妨げず、かつ、著作者の正当な利益を不当に害しない特別な場合には、同条約に基づいて著作者に与えられる権利の制限又は例外を定めることができる。
 (d)締約国は、著作権に関する世界知的所有権機関条約第十条(2)の規定に従い、ベルヌ条約を適用するに当たり、権利の制限又は例外を、著作物の通常の利用を妨げず、かつ、著作者の正当な利益を不当に害しない特別な場合に限定する。

第十二条 他の制限及び例外

1 締約国は、各締約国が、その経済状況並びに社会的及び文化的なニーズを考慮し、その国際的な権利及び義務に従い、並びに後発開発途上国の場合にはその特別のニーズ並びにその特有の国際的な権利及び義務並びにこれらの柔軟性を考慮して、受益者のための著作権の制限及び例外であってこの条約に定めるもの以外のものを各締約国の国内法令において実施することができることを認める。
2 この条約は、国内法令に定める障害者のための他の制限及び例外に影響を及ぼすものではない。

第十三条 総会

1(a) 締約国は、総会を設置する。
 (b)各締約国は、総会において、一人の代表によって代表されるものとし、代表は、代表代理、顧問及び専門家の補佐を受けることができる。
 (c)各代表団の費用は、その代表団を任命した締約国が負担する。総会は、世界知的所有権機関に対し、国際連合総会の確立された慣行に従って開発途上国とされている締約国及び市場経済への移行過程にある締約国の代表団の参加を容易にするために財政的援助を与えることを要請することができる。
2(a) 総会は、この条約の存続及び発展並びにこの条約の適用及び運用に関する問題を取り扱う。
 (b)総会は、政府間機関が締約国となることの承認に関し、第十五条の規定により与えられる任務を遂行する。
 (c)総会は、この条約の改正のための外交会議の招集を決定し、当該外交会議の準備のために世界知的所有権機関事務局長に対して必要な指示を与える。
3(a) 国である締約国は、それぞれ一の票を有し、自国の名においてのみ投票する。
 (b) 政府間機関である締約国は、当該政府間機関の構成国でこの条約の締約国であるものの総数に等しい数の票により、当該構成国に代わって投票に参加することができる。当該政府間機関は、当該構成国のいずれかが自国の投票権を行使する場合には、投票に参加してはならない。また、当該政府間機関が自らの投票権を行使する場合には、当該構成国のいずれも投票に参加してはならない。
4 総会は、世界知的所有権機関事務局長の招集により会合するものとし、例外的な場合を除くほか、世界知的所有権機関の一般総会と同一期間中に同一の場所において会合する。
5 総会は、コンセンサス方式により決定を行うよう努めるものとし、臨時会期の招集、定足数、種々の決定を行う際に必要とされる多数(この条約の規定に従うことを条件とする。)その他の事項について手続規則を定める。

第十四条 国際事務局

世界知的所有権機関国際事務局は、この条約の管理業務を行う。

第十五条 この条約の締約国となる資格

1 世界知的所有権機関の加盟国は、この条約の締約国となることができる。
2 総会は、この条約が対象とする事項に関して権限を有し、及び当該事項に関してその全ての構成国を拘束する自らの法制を有する旨並びにこの条約の締約国となることにつきその内部手続に従って正当に委任を受けている旨を宣言する政府間機関が、この条約の締約国となることを認める決定を行うことができる。
3 欧州連合は、この条約を採択した外交会議において2に規定する宣言を行っており、この条約の締約国となることができる。

第十六条 この条約に基づく権利及び義務

 各締約国は、この条約に別段の定めがある場合を除くほか、この条約に基づく全ての権利を享有し、全ての義務を負う。

第十七条 この条約の署名

 この条約は、マラケシュにおける外交会議において、その後はこの条約の採択の後一年間、世界知的所有権機関の本部において、この条約の締約国となる資格を有する国又は政府間機関による署名のために開放しておく。

第十八条 この条約の効力発生

 この条約は、第十五条に規定するこの条約の締約国となる資格を有する国又は政府間機関のうち二十の国又は政府間機関が批准書又は加入書を寄託した後三箇月で効力を生ずる。

第十九条 締約国についてこの条約の効力が生ずる日

 この条約は、次に掲げる日からこの条約の締約国となる資格を有する国及び政府間機関を拘束する。
 (a)前条に規定するこの条約の締約国となる資格を有する二十の国又は政府間機関については、この条約
が効力を生じた日
 (b)(a)の国又は政府間機関以外の第十五条に規定するこの条約の締約国となる資格を有する国又は政府間機関については、当該国又は政府間機関が世界知的所有権機関事務局長に批准書又は加入書を寄託した日から三箇月の期間が満了した日

第二十条 この条約の廃棄

 いずれの締約国も、世界知的所有権機関事務局長に宛てた通告により、この条約を廃棄することができる。廃棄は、同事務局長がその通告を受領した日から一年で効力を生ずる。

第二十一条 この条約の言語

1 この条約は、ひとしく正文である英語、アラビア語、中国語、フランス語、ロシア語及びスペイン語による原本一通について署名する。
2 世界知的所有権機関事務局長は、いずれかの関係国の要請により、全ての関係国と協議の上、1に規定する言語以外の言語による公定訳文を作成する。この2の規定の適用上、「関係国」とは、世界知的所有権機関の加盟国であって当該公定訳文の言語をその公用語又は公用語の一とするもの並びに欧州連合及びこの条約の締約国となることができる他の政府間機関であって当該公定訳文の言語をその公用語の一とするものをいう。

第二十二条 寄託者

 この条約の寄託者は、世界知的所有権機関事務局長とする。
 
 二千十三年六月二十七日にマラケシュで作成した。